第69話 魔王、オロチの恋愛相談室

「さあアウローラ。詳しい話を聞かせてもらいますわよ」


 オロチは木陰にどっかりと腰掛け、すぐ横の地面をパンパンと叩く。

 隣に座れという意味である。

 アウローラは、頷くと、腰を下ろした。


「あのね、あたし、名前をもらってから、ずうっとお母さんの手伝いをしてるの。お父さんは戦争で死んじゃったから、畑はお母さんと他のお母さんたちのグループで耕してるのね。毎日忙しくって、ずうっとお仕事ばかりしてたの」


「ふむふむ。大変ですわねえ」


 オロチ、アウローラの素性にはそこまで興味が無いようで、気の無い返事をする。


「それで、この間、出会っちゃったんです! あの人と!」


「詳しく」


 オロチが身を乗り出す。

 なんという態度の変化であろうか。

 がぶり寄りではないか。


「あの……彼は養鶏所の子で、毎朝鶏をたくさんお世話してるの。卵を持ってきて、村中に配達してて……」


「イケメンですの? 背は高いんですの?」


「うん、かっこいい、かも」


「ほほー!!」


 もじもじするアウローラ。

 深く頷くオロチ。

 女子二人の間で、何かが通じ合っている。


「それで、彼に声は掛けましたの?」


「うん。あたしね、いっつも早起きして仕事してるけど、その日はちょっとだけ寝坊しちゃったの。だから起きてきたら、ちょうど卵を配達してるときで……」


 ほわんほわん、とアウローラのイメージが広がっていく。

 どれ、ちょっと余も彼女の思い出にアクセスして見てみよう。

 これは思考走査マインドスキャンという高等な魔法なのだぞ。


~アウローラの思い出の中~


 やって来たぞ。

 ほう、何やらセピア色になっているであるな。


「あちゃー、寝坊しちゃった。お母さん、怒ってるだろうなあ」


 アウローラが慌てて着替えて、外に出てきたな。

 井戸の水で顔を洗うのであろう。

 用意されていた朝食を袋に詰めて、これは畑で食べるつもりであろう。

 ガタッと音がしたぞ。


「ん?」


 アウローラが音のした方を向く。

 そこには、浅黒く日焼けした、活発そうな少年の姿がある。

 少年とアウローラの目が合う。

 その途端、セピア色だったアウローラの思い出が極彩色に輝き始める。

 うわー、なんだこれはー。

 これが恋する乙女に見える世界かーっ。

 いいぞいいぞ。


 ……って、あれ?

 あの少年、見たことがあるぞ。

 余が時々、朝のアルバイトに行く時、養鶏所の方から来る少年ではないか。

 なんだ、世界は狭いな。

 いやベーシク村自体の人口が三百人なのだから、普通に世界が狭いのだが。


「アウローラちゃんだろ? はい、卵。産みたてでおいしいぜ!」


「あ、ありがと……」


 アウローラがもじもじしながら、卵を受け取っている、

 彼女としても、少年とは顔見知りではあるらしい。

 だが、どうやらこれは二年ぶりくらいの再会のようである。

 少年は年上で、先に子ども園を卒園して仕事を始めたのだ。

 養鶏所や畑での仕事を主としていると、お祭りの機会にくらいしか顔を合わせることは無いからな。

 子どもにとっての二年とは、それこそ永遠に近い年月だ。

 少年は、アウローラの記憶にあった姿から大きく変わってしまっていたのだろう。


 少年が去りゆくさまを、ずっと見つめるアウローラ。

 そこから、アウローラのアプローチが始まった。


 お化粧の真似事をしてみて、母親に怒られたり。

 起床時間を少年が来る時間に合わせて、母親に怒られたり。

 畑仕事中に養鶏所までちょっと抜け出そうとして、母親に怒られたり。


「世の中って理不尽だわ!!」


 というか、アウローラのアプローチ方法がいかんのではないか?

 そして、運命の日がやって来る。

 村に、有名人が住み着いたのである。

 アウローラはその有名人を見に出かけて、そこで少年と再会した。

 だが、少年はアウローラなど見ていなかったのだ。

 少年の目線の先にあるのは……。


 美しい金髪をポニーテールに結い、すらりとした体躯を仕立てのいい衣服に包み、颯爽と道を行く青い瞳の美女……。

 彼女が押す乳母車の中では、見覚えのある赤ちゃんが「マウマウー」とご満悦である。

 えっ、ユリスティナではないか。

 少年の目は、恋する者の目だった。

 熱視線でユリスティナを追う。


「がーん」


 アウローラは絶望と共に呟いたのだった。



~回想終わり~



「やはりあの聖騎士は悪でしたわね!!」


 憤慨して、オロチが感想を言った。

 何と言うか、済まんかった。

 そしてオロチよ。

 仮にも魔王軍四魔将であった貴様が、聖騎士を指さして悪というのはどうかなあ。


「もう、相手は聖騎士でお姫様で英雄だし、すっごい美人だし、大人だし……あたしってまだ九歳だから子どもで、全然勝てそうになくて」


 うっうっ、と涙ぐむアウローラ。


「そんな事はありませんわよ!! どんなに完璧に見える敵にも、必ず弱点がありますわ! ……そもそも、その男の子、ユリスティナからしたらアウトオブ眼中なのではありませんこと?」


 そうだろうなー。

 ユリスティナはもう、ショコラのことで頭がいっぱいであるからな。

 少年だって、せいぜい十一歳くらいではないか。

 相手にならぬぞ?


「そんなことない! 彼ってかっこいいから、きっとユリスティナ様も振り向いちゃうもん!」


 そうかなー?

 どうだろうなー?


「なるほど……ありえますわね」


 えー?


「アウローラ、わたくしにお任せなさい。こう見えてもわたくし、恋愛にかけては経験豊富なんですわよ」


「本当!?」


 嘘ではないな。

 片思いの経験であるな。

 というかずっと相手が余ではないか。


「アウローラ、あなたと彼を、必ず両思いにしてみせますわ!!」


「オロチさん……!!」


 手に手を取り合って、目をキラキラさせる女子二人なのだった。

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