第63話 魔王、ローラ姫と会う

 出現したミスリルの鉱床を視察に行くのである。

 カイザー三世が、自らの足で即座に向かうというので、王宮は大騒ぎとなった。


「ショコラー、良い子にしておったか?」


「ピャアー」


「あ、だめだぞザッハ。ショコラは私が抱っこするんだからな」


「マウー」


 余とユリスティナの間を行ったり来たりするショコラである。

 それを、ラァムが羨ましそうに見ている。


「ねえファンケル……。赤ちゃん欲しいなあ」


「頑張るぞ」


 ぐっと腕まくりするファンケル。

 うむ、微笑ましいやり取りである。

 来年には、戦王と魔拳闘士の子どもが見られるかも知れぬな。

 そうなるとショコラは後輩ができるから、お姉ちゃんになるのだなあ。

 ショコラにご飯を食べさせて、おむつを替えている間に王宮の準備も整ったようだ。

 どれ、出かけるとしよう。


 余がミスリルの鉱床を露出させた場所は、王国の外側にある小山であった。

 まるごと別の存在に入れ替わった山は、太陽の光を受けてギラギラと輝いている。


「おお、これは……! 目に見えるだけでも、大量のミスリルが露出しています!」


「鉱山から少量とれるものとは、質も量も何もかもが違う……!」


 同行した資源担当の大臣や、宮廷魔道士が驚いている。

 それはそうであろう。

 鉱山で採れるミスリルは、言わば地表近いところで突然変異した銀である。

 対してこちらは、地下深くでホーリー王国に集まる魔力を浴び、ゆっくりと熟成された銀だ。

 純度も何もかも違う。

 強度そのものはさほどではないが、魔力との高い親和性を持つぞ。


「素晴らしい……! これなら、我が国は救われる! お前たち、早速採掘作業の準備だ! 全ての鉱山で働くものを集めよ!」


 カイザー三世が指示を出す。

 彼のカリスマはなかなかのもので、大臣やその部下たちが一斉に動き出した。

 これで早晩、ホーリー王国の経済問題は解決することであろう。

 国王は余に振り返った。


「ありがとう、ゴールドナイトよ。そなたのお陰で、我が国は救われる……。私もようやく胸のつかえが取れた思いだ。済まなかったな、ユリスティナ。お前の気持ちも考えずに見合いの話など進めて」


「いえ、分かればいいのです」


 ユリスティナが、ショコラをむぎゅむぎゅしながら応じた。

 もちろん、ショコラの方に集中している。

 父親だけど、仮にも国王に対しておざなりに接するってどうなの。


「そう言えば陛下」


「城の外では父上でよい」


 カイザー三世は、目を細めてユリスティナとショコラが触れ合う様を見ている。

 娘と孫を見ている気持ちなのかも知れぬな。


「では、父上。抱っこしてみる?」


「……良いのか?」


 カイザー三世が目を見開いた。

 そして、恐る恐る、という感じで手を伸ばしてくる。

 そこに、ユリスティナがすとん、とショコラを置いた。


「ピャー!」


 ショコラが国王の腕の中に収まって、バンザイする。


「おお……。ふかふかのふわふわだ……」


「でしょう……!! ショコラは柔らかくていい匂いがして、可愛いんだ……!」


 ユリスティナがグッと拳を握り、力説した。

 心なしか、ショコラを抱っこしたカイザー三世から、眉間のしわや険のようなものが取れていく気がする。

 目を細めてショコラをよしよしする国王は、すっかり気のいいおじいちゃんになってしまっていた。

 いや、おじいちゃんと言うにはまだまだ若いな。


「いい子だな……。この子を、ユリスティナとゴールドナイト殿で育てているのだな?」


「ええ。そうです。でも、父上はそのうち孫も生まれるでしょう?」


「ローラとガイの事か。そうであろうなあ。あの青年は無骨で、生き抜くことと戦いしか知らぬが、王宮の仕草は学んでもらわねばならない。王位はローラに譲り、ガイは王配となることであろうよ」


「現実的な判断であるな。女王ローラの誕生か」


 カイザー三世は、その時を楽しみにしているであろうな。

 国の姿も、新しい時代へと変わっていこうとしている。

 さて、これでホーリー王国の問題も片付いたであろう。

 後は余が、魔動バイクについてこの国の職人たちにレクチャーせねばならぬな。


 余が物思いにふけっていると、馬車が近づく音がした。

 四頭建ての大きな馬車である。

 それが鉱床視察の一団近くに止まり、扉が開いた。


「何事だ?」


 ショコラに髭を引っ張られながら、カイザー三世が振り返る。

 すると、扉からは活動的なドレス姿の、金髪の女が降りてくるところだった。

 ホーリー王国第一王女、ローラである。


「お騒がせいたしました。ユリスティナが帰ってきていると聞きましたので、大急ぎで参りました」


 優雅に一礼する。

 ふむ、このローラという王女は、胆力、頭の回転ともになかなかのものであるな。

 油断なく、唯一の外様である余を見据えてくる。

 ちなみにショコラを見る時、目元がふにゃっと緩んだ。

 赤ちゃん好きなのだな。


「姉上、お久しぶりです」


「ええ、お久しぶり、ユリスティナ」


 毅然とした口調で告げると、ローラはすたすたとユリスティナに歩み寄った。

 その足取りが、急加速する。


「……ユリスティナー!! もう連絡もしてこないんだからー!! 心配していたのですよー!?」


 ぴょーんと宙に飛び上がって、ユリスティナに抱きついてくるローラなのである。

 あれー?

 すごくフランクな感じになったであるぞ。


「仲良し姉妹なのであるな?」


「ああ。私と姉上は仲良しだぞ」


「ねー」


 妹にお姫様抱っこされる、未来の女王。

 どうやらユリスティナがお気に入りのようである。


「ユリスティナが赤ちゃんを連れてきたと聞いて、びっくりしたのですよ? だってほら、日にちが合わないし……もしでていった時にお腹の中にいたなら、相手はガイしかいないでしょう? ええっ!? 彼ったらわたくしとユリスティナ両方に……? 八つ裂きにしなくちゃ……! って思っていた所なのです」


 えっ、八つ裂き怖い。


「姉上、私はまだ子は産んでいません。今はショコラを育てるので忙しいので!」


 キリッとして答えるユリスティナ。

 ショコラ関連では、一切のぶれを見せない。

 ユリスティナは優しくローラを下ろした。

 彼女の背丈はローラよりもちょっと高いくらいだが、肉付きが違うので、ユリスティナの方が一回り大きく見えるのだな。


「はっはっは、ローラも心配しておったからな。だが、ユリスティナがふしだらな事をせぬ娘であると、そなたも知っていよう……あいたたた、ショコラや、おヒゲを引っ張るのはやめておくれ」


「マウー?」


 怖いもの知らずのショコラである。

 余は、お転婆なショコラをニコニコ眺めつつ言葉を紡ぐ。


「ユリスティナは今、ベーシク村にてショコラを育てるため、様々な技術を磨いているのだぞ。一人で服も縫えるようになり、なんと食事も作れるようになった」


「まあ」


「そのような事、侍従にでもやらせればよかろう?」


「国王よ。民はベビーシッターを常に雇うというわけにはいかぬのだ。自分のことは自分でする。赤ちゃんのことも自分でする。これが世を動かす不動の摂理であり、たとえユリスティナと言えど逃れられぬのだ」


「そ、そうだったのか……!」


 ここから、ベーシク村での暮らしぶりの報告会になった。

 ユリスティナが楽しげに話す、村での生活に、ローラは目を輝かせて耳を傾ける。

 王宮では触れられぬものばかりであるからな。

 国王は何か聞く度に、心配そうに口を挟んでくる。

 すっかり父親の顔になっているのだ。


「ローラ!」


 頭上から声がかかった。


「あら、いけない! 後から彼も来るのでした」


 ローラはうっかり、と言う風に、口元に手を当てた。

 ほう、彼とは、あやつか。

 余は頭上を見上げる。

 ユリスティナも見上げた。


「あー、懐かしいな」


 そこには、飛行魔法で空から降りてくる、青年の姿がある。

 短く刈られた黒髪に、意志の強そうな目。

 まだ幼さを残す顔立ちだが、すぐにそれも一人前の男のものになるであろう。


 勇者ガイ。

 魔王ザッハトールを倒し、世界を救った英雄である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る