第29話 魔王、四魔将を集結させる

 横合いの茂みがガサガサと鳴った。

 チリーノがびっくりして、余にしがみつく。


「ははは、チリーノ、怖がることはない。余の部下だ」


「先生の……? えっと、じゃあ、俺が知らないひと?」


「うむ、そうであろうな。というか人間でベリアルの勤務モードを知る者はおるまい。出て参れ、ベリアル」


「はっ、かしこまりました」


 立ち上がったのは、黒髪に黒い瞳の執事である。

 黒の礼服にビシッと身を固め、白いワイシャツにはやはり黒の蝶ネクタイをしている。

 内に着込んだベストはグレー。

 白手袋に磨きぬかれた黒い革靴。

 そして輝く銀縁のメガネ。

 全てベリアルが自身でチョイスしたコーディネートだ。


「貴様な、ここは村であるぞ? 村に執事の姿で現れる者があるか」


「偉大なるご主人様! 周囲の状況がどうであるとか、人々の目などは重要では無いのです。私にとって、主の目の前にあるということこそが肝要! そのために、見苦しくない程度の身だしなみを整えるには、これが最低限の姿なのです……!」


「……変な人だね」


 力強く応じるベリアルを見て、チリーノが呟いた。

 うむ。

 こやつ、極めて有能だが変なのだ。


「我が偉大なる魔」


「オールステイシス」


 ベリアルがいきなり、魔王城でいつも余を呼んでいた時の言い方をしようとしたので、ちょっと時間を止める。

 これ、余が使う三大魔法の一つね。

 余が許可した者だけ停止した時間の中でも動ける。

 今回はベリアルだけを許可している。


「王よどうしたのですか」


「貴様な、村の中で余のことを魔王って呼んだらだめでしょ」


「あっ」


 ベリアルが、うっかりしてました、という顔をする。


「申し訳ございません、我が偉大なる魔王よ」


「ほらまた!」


「あっあっ、ではどうお呼びしたら良いのでしょうか。私の中では、ご主人様に対する敬愛が天に満ちたるエーテルの混沌を埋め尽くさんばかりに溢れており、無意識のうちに我が偉大なる魔王とお呼びしてしまいます」


「ザッハで」


「えっ、恐れ多い……」


「特別に許そう……」


「ひぇっ、尊い」


 ベリアルは跪いて、余に向けて手を合わせた。

 何で祈っておるのか。


「で、で、では、ザッハ様ぐはっ」


「鼻血を出すな。良いか、慣れるのだぞ? 余は今や魔王ではないから、魔王という呼び名も正しくはない。貴様の主観で余が魔王であったとしてもだ。ザッハか、百歩譲ってご主人でも良かろう。とにかく、村人に怪しまれる真似は避けるように。ショコラの養育ができなくなってしまうからな」


「かしこまりましてございます。このベリアル、ご主人様の選択とこれまで歩んでこられた道を、魔界の底にてつぶさに観ておりました故」


 ベリアルに、物事を説明する必要はない。

 こやつは、余の思惑を正確に読み取り、忠実に必要最大限・・・の動きをする。


「では時間を戻すが、良いか?」


「はい。お手数をお掛けいたしました!」


 余が指を鳴らすと、停滞した時間が元通り流れ始める。


「……ま?」


 チリーノが首をかしげた。

 ベリアルはにっこりと微笑んだ。


「満点の星空にも似た雄大なる御心を持つ、敬愛するご主人様と続くのです」


「へ、へえ……」


 チリーノが引いた。

 そして俺に寄って来て、


「変な人だね」


「うむ。確かに変だが、変だからと言っていじめてはならんぞ。みんなどこかしら変なところはあるのだ。見聞きしても、そういうものかとありのまま受け止めておけば良い」


「へえー……! それ、そうかも。うん、やっぱり先生はすごいなあ」


 今度は感嘆が篭った「へえ」であるな。

 そして、余はチリーノとベリアルを従えて村の入口へ。

 途中で、子どもたちにバイバイしたパズスが合流した。


「あっ、こりゃベリアルさんお久しぶりです、ウキッ」


「お久しぶりですパズス。よくぞ我が偉大なる魔……ご主人様のために尽くしてくれました。と言うか、村の子どもと親しいのですね」


「へえ。ほっとくと危険なことをするんで、見守り甲斐があるんで」


 ちなみにパズスは、普通の人間の耳にはお猿語にしか聞こえないように喋っている。

 チリーノから観ると、ベリアルがお猿と真面目に会話しているように見えるに違いない。


「お猿としゃべってる」


「会話になっておるように見えるだろう? 我らには分からなくとも、動物も何か言っておるのかも知れんぞ」


「へえー!」


 チリーノが目をきらきらさせる。

 いちいち余の言うことに感激する子である。

 門に到着した時には、見回りをしていたフレイムと、畑仕事をしていたブリザードも合流した。

 そして。


「魔王さま~!」


 フレイムのポケットから、小さい蛇が顔を出した。


「オロチも戻っておったか」


「はい! 大急ぎで来て力尽きていたところを、フレイムがお弁当を分けてくれたんです!」


「ほう、そうか! 偉いぞフレイム。そしてよくぞ帰ってきたオロチよ」


 フレイムは褒められて嬉しそうにし、オロチはポケットから乗り出した体をひゅんひゅん回転させた。


「なんか、いきなり賑やかになっちゃった」


 チリーノが目を丸くする。

 それは、門番の控え所から出てきたブラスコも同じだ。

 余、ザッハトールを中心として、央のベリアル、西のパズス、東のオロチ、北のブリザードと南のフレイムという面子が揃っているのである。

 かつて魔王軍の頂点であった四魔将揃い踏みだ。


「ザッハさん、こいつはどうしたんだい? あ、見慣れない人もいるけど」


「こやつは余の子分のようなものだ。ちと、この面々で村の塀を外から固めようと思ってな。ほれ、子どもたちが見つけた抜け穴があったであろう。内部からは気付かれぬように細工してあるが、外からは一目瞭然であった。同じものがあるかも知れぬからな」


「おお! そいつは助かるよ! 村の男衆はご覧の通り、まだ数が少ないからなあ。今いる子どもたちが大きくなってくれたら、随分楽になるんだが」


「村に住まわせてもらっている礼のようなものだ。それと、チリーノを借りて行くぞ」


「ああ、どうぞどうぞ。おいチリーノ。ザッハさんの邪魔をするなよ?」


「しないよ! 俺、ザッハ先生から勉強して強くなるんだ! それで、父ちゃんの仕事を手伝うんだぞ!」


「俺の仕事を!?」


 ショックを受けるブラスコ。

 その目が、うるうるし始めた。


「な、何言ってやがる! くぅーっ、ま、まだお前はちびなんだから無茶をするんじゃないぞ!」


「うん、頑張ってくるよ父ちゃん!」


 お父さん泣いちゃったなあ。


「チリーノはすっかり、魔王様に心酔してますねえ、ウキキッ」


「……パズスはお猿語だからおおっぴらに魔王様と呼べるのか。では私もお猿語を……?」


「やめてくださいベリアル様」


「そうだぜ! ベリアル様がお猿語喋ったらめちゃくちゃおかしいよ!」


「うふふ、わたくしは蛇語なので呼び放題ですわ!」


「くっ、ずるい……! ずるいですよ、パズスにオロチ!」


 こやつらは、もう少しチリーノを見習ってもいいのではないか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る