第30話 魔王、安心安全一撃必殺の罠を張る
どやどやと、賑やかに村の外を練り歩く我らである。
まず、ベーシク村からある程度はなれた場所までやって来た。
ここからは、村を囲む塀が小さく見える。
「先生、なんでここまで来たの?」
チリーノが質問した。
「うむ、良い質問である。チリーノは知っているか? 魔法には射程距離があるのだ」
「しゃていきょり?」
「どれだけ遠くまで届くかということであるな。それぞれの魔法によって厳密に定められている。ある程度、魔法使用者の能力によって伸び縮みするがな。そしてここは、大体の魔法が村を射程距離に収められなくなる場所なのだ」
「へえー!」
「おー」
「なるほど分かりやすいです、ウキッ」
「流石ですなザッハ様!!」
「素敵です魔王様!」
最初の感心はチリーノだが、魔王軍の四魔将ともあろう者まで感心してどうするのか。
ベリアルとオロチは
まあ良い。
知らぬならば、フレイムもチリーノと一緒に学んでいけば良いのだ。
「フレイム。貴様もチリーノの隣に並べ。一緒に教える」
「分かったぜ」
巨漢のフレイムと、七歳児のチリーノがお行儀良く並ぶ。
凄いサイズ差である。
「では、どうして余が、魔法の射程距離外にやって来たか分かるかね?」
チリーノとフレイムに問題を出してみる。
二人は難しい顔をして、うんうん唸りだす。
難しかろう。
むっ、ベリアルの口がむずむずしている。
答えを教えてはならんぞ!
余が威嚇したので、ベリアルはお口にチャックをするジェスチャーをした。
あの男、お茶目に見えるが魔界ナンバー2の実力者なのである。
人もそうだが、魔族も見た目によらぬのだ。
「はい、先生!」
チリーノが元気に手を挙げた。
これを見て、フレイムが愕然とした顔をする。
貴様、七歳児に負けたからといってどうして世界の終わりみたいな顔をするのだ。
「よし、答えてみよチリーノ」
「はい! えっとね、俺、ここでやって来る悪い奴らを止められたら、魔法が村まで届かないと思うんだ。だから先生は、ここで悪い奴らを食い止めるんだと思った!」
「おおー」
四魔将がどよめく。
チリーノが口にした答えは、ほぼ正解だったからだ。
「その通りだ。貴様、頭の回転が速く、飲み込みも良いな。時代が時代ならスカウトしているところである。良いかチリーノ、フレイム。ここに、罠を張る。罠にはまった魔法使いや兵士が、ここから先に進めねば、村に危険が及ぶことはあるまい」
余はもう少しだけ進んでから、罠を張る地点を定めた。
そこは、小川が流れ、小さな橋が架かっている場所だ。
川を渡るのは、小さい川であってもそれなりに苦労する。
皆、楽をしたいものだ。
必ずや、村を目指すゼニゲーバ王国の軍勢は橋を渡る。
そこを突き、橋に罠を仕掛けるのだ。
「では、どのような罠を仕掛ければよいか?」
「はいっ!!」
フレイムが元気よく手を挙げた。
「よし、答えてみよフレイム!」
「通った人間を焼き尽くす罠!!」
「それでは橋や街道も燃え尽きてしまうではないか!? オーバーキル過ぎる。人間はもっと、優しい罠でも死ぬのだぞ」
しゅんとするフレイム。
「だが、己ができる事で罠として貢献したいと思うことは素晴らしい。貴様の心意気は余がよく分かっておるぞ」
ここですかさずフォローを入れる。
答案を否定しただけで、貴様自身を否定はしておらぬというアピールだ。
ベリアルが小声で、「さすがは我が偉大なる魔……ザッハ様」とか言っている。
フレイムも元気になった。
「ここにはな、文字通り足止めをする罠を張る。それも、魔法を使う者たちが引っかかれば、その供となる者共をまとめて足止めする、連鎖式の罠だ。ここまで言えれば120点であるが、難しいゆえ、足止めまでで100点である」
そう告げたあと、余は実践して見せた。
「ハイド・トラップ」
余が宣言すると、橋が紫色に輝いた。
「エンチャント・チェイントラップ」
橋の周囲が広く、紫の光を帯びる。
「イン・スティッキー」
罠の内容を決定した。
すると、辺りに立つ我らの足元が、突然べたっと張り付くような感触に変わった。
「ウキーッ」
一匹だけ裸足であったパズスが慌てる。
空に飛び上がろうとして、必死に翼を羽ばたかせた。
だが、パズスの足は地面から離れない。
地面がくっついたまま、ぐにーっとゴムの様に伸びて持ち上がり、パズスを逃がさないのだ。
それからパズス、人前で飛ばないようにな……。
ほれ、チリーノが目を丸くしているではないか。
「オーバーライド・ハイド・トラップ」
この言葉とともに、足元のべたつきは無くなった。
必死に飛び上がろうとしていたパズスが、その勢いのままに天高く吹き飛んでいく。
「ウッキーッ!?」
「あー」
チリーノが空を見上げながら、ぽかんと口を開けた。
「このような強力かつ、そのままなら死なない罠である。これに、人間の魔法使いが来た時に発動するよう条件付けをするのだ」
説明しながら、罠の仕上げをする余。
こうして、村に向かう橋に足止めの罠が張られた。
「この要領で、非致死性の罠を張るのだ。ゆけ! やり方はそれぞれに任せる!」
「御意!」
「わかったぜ!」
「お任せですわ!」
ブリザード、フレイム、オロチが方々に散っていった。
パズスも上空でこれを聞いているだろうから、上手くやってくれるであろう。
四魔将一機転が利くお猿さんだからな。
残ったのは、余とチリーノ、そしてベリアルである。
「ベリアルさんは行かないの?」
チリーノに尋ねられ、四魔将筆頭は意味ありげな笑顔を見せた。
「私はザッハ様にお仕えする者の中でも、最も魔法に秀でているのです。故に、その場まで赴かなくとも仕事をすることが出来る。ファー・リフレクション」
ベリアルは詠唱もポーズも無しに、眼前にベーシク村周辺の俯瞰図を映し出した。
これが、それぞれ別の地域を六つまで並べて見せている。
「あっ、ここ、知ってる! ここもここも!」
「これは映像だけでは無いのですよ。実際にこうすれば、手が届く」
ベリアルは映像の中に手を差し入れ、木の枝を一つ折り取った。
映像から抜き出すと、それチリーノの腕ほどもある枝である。
チリーノが「ほえー」とびっくりしている。
「チリーノよ。魔法というものも極めれば、このベリアルの如く、遠見の魔法で現実に影響を及ぼせるようになるのだ。こやつのやり方を見ておれ」
「はいっ」
チリーノがいいお返事をする。
「ではご覧あれ。シュート・トラップ。エンター・ザ・リフレクション」
ベリアルが魔法の名を唱えると、彼の回りに六つの光が生まれる。
それはベーシク村周辺映像へと飛び込むと、即座にその場所を、魔法使いに反応する罠に変えた。
魔法の効果は、あらかじめ余が使った粘着罠をコピーしておいたらしい。
卒のない男である。
「いかがです?」
チリーノに言うように見せつつ、実は余にアピールするベリアル。
「うむ。相変わらず見事な魔法の腕前よ。研鑽を怠っておらぬようだな」
「お褒めに与り恐悦至極」
芝居がかった仕草で、ベリアルが余に一礼した。
チリーノがこれを見て、「かっけー」と言っている。
ベリアルに憧れると、何かいかん感じになりそうだ。
それだけは止めるように言っておくとしよう。
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