第31話 魔王、嵐の前の静けさ(?)を楽しむ

 四魔将とチリーノを引き連れて、ベーシク村へと帰ってきた余。

 入り口には、余の教え子である小さき人々がずらりと並んでいた。


「チリーノだけ! いいなー!」


「わたしたちも連れてってほしかったなー」


 いつの間に、余がチリーノをつれて外出した話が広がっていたのだ。

 チリーノは得意げである。

 仲間たちに一歩差をつけた気分なのであろう。

 実際は、才能の面からもチリーノは他の子どもたちと比べ、十歩も二十歩も先んじる実力を持っている。

 余がしっかり教えていけば、第二の勇者ガイとなりうるであろう。

 他の子どもたちは、ざっと見たところ、ガイの仲間である魔導師ボップの一割くらいの才能はある。

 魔法学院の生徒レベルには達するのではあるまいか。


 とりあえず、子どもたちが静かになるまで、じーっと眺めている余。

 口々に何か言っていた小さき人々は、余の視線に気付くとスーッと静かになっていった。


「うむ。余はチリーノをひいきしたわけではない。まず、チリーノは余の子どもであるショコラをよくお世話してくれる。チリーノの弟と妹は、ショコラの友達であるからな。その礼として外に連れて行ったのだ」


 分かりやすく説明をする。

 親切にしてもらったから、お返しをしたのだということである。

 これは子どもたちも得心いったようで、「そっかー」「わたしもショコラちゃんと遊んであげようっと!」と口々に騒いでいる。

 よしよし。

 ショコラの遊び友達が増えるぞ。


「しかし、余も貴様らの気持ちが分からぬではない。そこで、余の右腕たるこのベリアルが、今から仕掛けた罠の体験ツアーに連れて行ってくれる」


 スッと無茶振りする余。

 だが、ベリアルも余との付き合いは長い。

 具体的には、こやつは余が一番最初に呼び出した使い魔なのだ。

 ということで千年以上付き合っている。

 執事服の魔族は、ニヤリと笑って応じた。


「初めまして、お子たちよ! 私の名はベリアル。ザッハ様の忠実なる部下です。言うなれば、ザッハ様が先生なら、私は諸君の先生補佐ということになるでしょう。挨拶代わりに、ザッハ様と我々が作り上げた村を守るための罠をお見せしましょう」


 ベリアルの宣言に、子どもたちがわーっと沸いた。

 そして、ベリアルを先頭にどやどやと外に出て行く。


「ベリアル殿、流石ですなあ。魔王様とは本当に息がピッタリですよね、ウキッ」


「付き合いが長いからな。よし、我らは家に帰るぞ。ブリザードとフレイムは通常業務に戻ってよい」


「御意」


「分かったぜ!」


 二人を帰し、パズスもまた他の子どもたちの相手をしに、子ども園へと消えていく。


「チリーノ、貴様はどうする?」


「俺、先生の家に行きたい!」


「よし」


 そういうことになったので、またチリーノの弟と妹も連れて、我が家に帰ってきた。


「ショコラちゃーん!」


「あそびにきたよー!」


 チリーノの弟妹がばたばた廊下を走っていく。

 すると、部屋のほうからユリスティナがショコラを抱っこして現れた。


「おや、帰ってきたのかザッハ。それに子どもたちも良く来たね。ちょうどショコラが起きたところだよ」


「ピャ」


 ショコラは余を見つけると、手をパタパタさせた。

 余も手を振り返す。


「ショコラがな、ザッハをずっと探しているので、これから探しに行くところだったのだ」


「ショコラちゃん、おとうさん大好きなんだねー」


 チリーノの妹が言うとおりである。

 ショコラは余に大変懐いている。

 これは恐らく卵が孵ったときに、彼女が最初に見たものが余の顔であったからであろう。 

 刷り込みのようなものである。


「せっかくだから散歩に行こうと思うのだが、どうだ?」


「うむ、そうしよう。チリーノ、疲れてはいないか?」


「だ、だいじょうぶ!」


 チリーノの返答にやや疲れを感じたので、余は彼に疲労回復魔法キュア・スタミナを掛けておいた。


「あれ!? 体が軽くなった!」


「チリーノ、疲れているときはちゃんと、疲れていると言った方が良いぞ」


「はい、先生」


 素直である。

 チリーノ兄妹を引き連れ、余とユリスティナはお散歩に出ることになった。


 ショコラは、チリーノの弟妹と何やらお喋りしている。

 まだ赤ちゃん語しか話せぬ故、言葉は通じてないのだろうが、大人たちが喋っているのを真似するのが楽しいようだ。


「マウマウーマーウ」


「あ、それザッハさんのまねでしょ」


「ショコラちゃんにてるー」


 なにっ、余の真似だと!?

 くっ、見逃した!

 元魔王ザッハトール、一生の不覚である。


「ザッハ、慌てずとも、ショコラはこれから何度でも見せてくれるぞ? 私も何回か見た」


「えっ!! ユリスティナも見たのか!? 余は見てない……」


 今、余は村の入り口で子どもたちが、チリーノを羨ましがった気持ちをよく理解した。

 これは大変悔しい。

 必ずや、ショコラが余の真似をするところを見ねばならぬ。

 そのためには、世界を敵に回してもこの村の平和を守るつもりである。

 赤ちゃんを育てる人になった余が、そんなショコラの決定的場面をみていないとは、なんという片手落ちであろうか!


「ザッハ、こちらは村の塀があるところだが、どうしてこっちに向かったのだ?」


「むっ、無意識であった。だが、ユリスティナにも話したであろう。塀を丸ごとゴーレムに変えてな。喋るのだ、こやつ」


 余が塀をコンコン、と叩く。

 すると、塀が返事をした。


『ヘイ!』


「……」


 ユリスティナが黙る。

 少しして、


「安直ではないか?」


「痛いことを突っ込んでくるやつだな貴様も。こういうものは奇をてらわず、安直なくらい分かりやすい方が良かろう。子どもたちには大受けであったぞ?」


「まさかの子ども目線とは……! とてもかつて私たちが倒そうとした、この世全ての悪を統べる巨悪だった男とは思えない」


 仕事が変われば、人も魔族も変わるものである。


「ピャー! マウマウー!」


『ヘイヘイ』


「ピョ? マウマー」


『ヘーイヘイ』


「ショコラが塀と会話してる」


「案外、赤ちゃんとゴーレムで言葉が通じるのかも知れぬな……と、こら、塀に落書きをしてはならんぞ」


「えー。だってこの方がかわいいもん」


 チリーノの弟妹が、チョークで塀に大きな顔を書いていた。

 これを見て、チリーノが吹き出す。

 子どもたちほどの背丈のところに、つぶらな瞳とたらこ唇の、横長な顔が出現したからだ。


「いいじゃないかザッハ。これはこれでユーモラスだぞ? いっそ、この落書きが喋るような見た目にしたらどうだ?」


 ユリスティナまでそんな事を。

 だが、考えてみれば悪くは無いな。

 顔があり、喋る塀。

 塀の中の者には親しみを覚えさせ、外側の敵には恐怖を与えることであろう。


「良かろう。では表と裏に五つずつくらいつけるとしよう」


 こうして、新たな仕事が増えるのである。

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