第14話 魔王曰く、婚約破棄大作戦
『人間どもの街をー! 壊してぇ! 壊してぇ! あははははははっ!!』
オロチ、ノリノリである。
尻尾が唸り、巨体が跳ねる。
地面が揺れ、家が崩れる。
「おいっ、おい魔王! 本当に誰もいないのだろうな!?」
「うむ。余が魔闘気で探査した結果、この辺りの住人は皆、壮行会にでかけてタダ飯を食らっておる」
「マウー」
「ショコラ、ご飯はこの作戦が終わってからな。な」
ということで、余とユリスティナも動くことになる。
壮行会場を見下ろす建物の上を、屋根伝いに移動する。
足元では大騒ぎになっておるな。
突然現れた、緑色の巨大な魔物が大暴れしているのだ。
知らぬものが見れば、オロチはドラゴンに見えよう。
「ひい、あれはドラゴンじゃないのか!?」
「どうしていきなりドラゴンが!!」
「あっちには俺の家がー!!」
「市街区がめちゃくちゃになっていくー!!」
「あっ、ドラゴンが商店街に移動していくぞ!」
「ひええ、このままではゼニゲーバ王国の経済がー!!」
大混乱だな。
ここで、余の出番である。
この場にいる群衆の脳内に直接囁きかける。
『この場には竜殺しであるムッチン王子がいるぞ!! ムッチン王子にお任せなのだ!』
どんな喧騒であろうと、脳内に直接叩き込めばその囁きは無視できぬ。
絶対に聞こえるからな。
この場にいる全員が、一瞬静まり返った。
そして、一斉に主賓席にいるムッチン王子に振り返る。
「ひ、ひぃっ! なんだお前たち! ボクチンを見てどうするつもりだ!?」
「そうだ……!」
「そうだ、俺たちにはムッチン王子様がいるじゃないか!」
「竜殺しのムッチン!」
「ムッチン王子ー!!」
「勇者パーティに誘われてたけど、王子としての任務があるから断ったって話だ!」
「勇者に匹敵する強さを持つらしいじゃないか!」
「ムッチン王子がいれば安心だ!」
何やらとんでもない話が聞こえてきたぞ。
あの王子、自国ではそんな
確かに、魔王軍が戦いを止めた今となっては、その法螺を検証する手段はなくなっているな。
故に、慢心していたのであろう。
ふはははは、身の程をわきまえぬ嘘をついてはいかんなあ。
「ま、待てお前たちー!? ほ、ほら、ボクチンにも準備というものがだな。いきなり言われても大変って言うか無理って言うか」
『あーっはっはっは!! 人間どもぉ! わたくしが喰らい尽くしてやるわよぉ!!』
オロチが大声で叫びながら、家々をなぎ倒し、壮行会場に迫ってくる。
あの言葉は紛れもない本音である。
それに、壮行会の会場に突撃するのは段取りと違う気がするのだが?
ユリスティナは焦りに焦り、聖なるオーラをだだ漏れにして身構えている。
「ええい、まだか? まだ行ってはならんのかザッハトール! 私は今にも飛び出したくてうずうずするぞ!」
「あと少しだ、待つがよい。少々厄介な連中も混じっているのでな」
余が目線を向けるのは会場だ。
ムッチン王子が群衆に押されて、いやいや装備を整えていく。
この後、大々的に演説などするはずだった壇上に上がり、仕方なしにオロチに挑むため、その弁舌を披露するのだろう。
だが、あの壇上が問題だ。
まさに、そこに魔法の罠が仕掛けられているのだからな。
それに、王子の手勢が立っている辺りは、どこも仕掛けられた罠の真上だ。
このままでは、ムッチン王子は死に、彼の軍勢も壊滅することだろう。
大暴れするオロチを前にしてだ。
オロチの出現は、罠を仕掛けた魔法学院側にも想定外だった。
彼らは呆然と、暴れるオロチを見上げている。
「こんなはずは……」
「今更罠を解除できないぞ」
「こんなところでムッチン王子を罠に嵌めたら、我々も全滅ではないか……!」
なに、安心せよ。
余は魔闘気を展開し、壮行会場へと広く広く伸ばした。
魔闘気で魔法の罠を覆い……。
「これで罠はおしまいだな」
余は手のひらを握りこんだ。
こに合わせて、魔闘気が罠を粉砕する。
会場のあちこちから、青い魔法の光が上がった。
罠が砕け散ったのだ。
「なんだなんだ!?」
「何が起きているんだ!?」
「し、静まれえ! うう……仕方ない。ボクチンたちが、あのドラゴンを退治するっ! 者ども、かかれー!」
のろのろと壇上に上がった王子が、見た目だけは綺羅びやかな剣を抜き、オロチに目掛けて構えた。
かかれ、と来たか。
とことん、前には立たぬ王子だな。
だが、普通の王族というものはそれで良い。
そういう男に、ユリスティナが惚れるかどうかは別だがな。
ムッチン王子の部下はやる気満々である。
一度はドラゴンを形的に退治したので、自分たちはやれると思い込んでいる。
わーっと声を上げて、オロチへと掛かっていった。
『は? ただの人間の軍隊がわたくしに敵うつもりなの!? 馬鹿にしているわけ!?』
オロチは憤慨して、炎の鼻息を漏らす。
その鼻息で、先頭にいた兵士たちが炙られて倒れた。
オロチが鎌首をもたげると、周りの建物が崩れ、瓦礫にやられて兵士たちが倒れていく。
オロチが身じろぎすると、巻き込まれた兵士たちが吹き飛んでいった。
「うわーだめだー」
「うわーむりだー」
あっという間にほぼ全滅してしまった。
かなりの数が死んだので、余は慌てて復活魔法を使う。
オロチ、やり過ぎだぞ。
「ええい、もう私は我慢できないぞ!!」
あっ、ユリスティナが飛び出してしまった。
しまった。
段取りが!
余も急いで後を追う。
その頃には既に、ユリスティナが一人、オロチの前に立ちふさがる。
既に、市街地と壮行会場を隔てる建物は瓦礫となり、オロチの巨体は集まった民衆の目に晒されている。
竜殺しムッチン王子の軍勢があっけなく敗北し、当の王子は壇上で腰を抜かしてへたり込んでいる。
民衆の思いは、「もうだめだあ」であろう。
そこに、一人の雄々しき女が立ち上がったのだ。
彼女が纏う聖なるオーラが、余の掛けた幻術を粉砕する。
現れたのは、金糸の如き美しい髪。
そして魔法の才能無き者にも視認できる、神々しい聖なるオーラ。
世界に唯一人、神の祝福を受けた聖騎士にして勇者パーティの一人。
姫騎士ユリスティナである。
「四魔将オロチよ! 狼藉はそこまでだ!」
『ようやく出てきたわね、人間の女!! わたくしはね! 段取りとかどうでもいいの! 魔王様に色目を使うお前さえどうにかできれば、それでいいのよ!!』
「自分のことしか見えていないのか、オロチ! それではザッハトールは振り向かないぞ!!」
『人間の女に何が分かる!? この泥棒猫ーっ!! 街の人間ごと喰ってやるー!!』
いかん、いかんぞオロチ。
それはユリスティナに対しての禁句だぞ。
「街の人々は私が守る。来い、ジャスティカリバーッ!!」
ユリスティナが天に手をかざした。
そこに、どこからが輝きが飛来してくる。
余が作った聖剣、ジャスティカリバーだ。
えっ、その飛んでくるギミック何!?
余、そのギミック知らないんだけど。
それに、このままではユリスティナが一人でオロチを退治してしまう。
余は彼女の横に、スッと現れた。
「安心するが良い、民衆よ。竜殺しの英雄とて叶わなかったこの強大な竜は、余と聖騎士ユリスティナで倒してみせよう! 行くぞオロチよ!」
『喰ってやる、喰ってやるううううっ!!』
激怒したオロチは、完全に我を忘れているな。
大口を開けて、炎の吐息を撒き散らしながらユリスティナに迫る。
炎は街道を埋め尽くし、壮行会場へと流れ込む。
余はこれを、魔闘気を張り巡らせることでシャットアウトした。
民衆からは、紫色の光の壁が張り巡らされ、炎を防いだように見えたことだろう。
そしてユリスティナ。
もう、マッチポンプとかそういう事をすっかり忘れている彼女は、やはりマッチポンプとかそういうことを完全に忘却しているオロチに向かい、ジャスティカリバーを振り下ろした。
剣が炎を両断する。
さらに、聖剣を横一閃。
光の剣筋が、突進するオロチを真っ向から二枚におろした。
切断された場所から、真っ白な炎を吹き上げて、燃え上がっていくオロチ。
『ぎゃあああああああ! 口惜しや! 口惜しやああああ!! 人間、人間めえええ! 必ずや蘇り、今度こそ貴様を喰らってやるううううう!!』
オロチ凄いなー。
実に魔族らしい魔族だ。
彼女の呪詛は、壮行会場中に響き渡った。
民衆が震え上がる。
ムッチン王子は漏らした。
そして。
「ピャアーピャアー」
あっ、怖がってショコラが泣いているではないか。
「これはいかん。オール・イレイザー」
余は指を鳴らした。
そこから、魔力の波動が生まれ、オロチ目掛けて扇状に広がっていく。
魔力の波動に包まれたオロチは、次の瞬間、音も立てずに消滅した。
残した呪詛の余韻も、綺麗さっぱり消えている。
会場が静かになった。
そして、少しあって、民衆から歓声が上がる。
「うわあああああ! やったああああ!」
「あの方は、ユリスティナ様!」
「ユリスティナ様! ユリスティナ様!」
「聖騎士! 聖なる乙女!」
よしよし、いい感じではないか。
ユリスティナが戸惑っている。
彼女は、民衆の目が届かぬところでいつも戦っていたのだ。
人々に知れ渡るのは、聖騎士が魔族を打ち倒したあとの伝聞。
何の見返りも求めず、ただ人々のために魔族と戦っていた女。
それがユリスティナだ。
「これは全て貴様に向けられた声だ。誇るが良い。だが、情にほだされてこの国に嫁ぐのは勘弁して欲しい」
余が囁くと、ユリスティナは少し笑った。
目尻に涙が浮かんでいる。
彼女は剣を掲げると、宣言した。
「私は未だ、この世界に残る魔族と戦っている。だから、ムッチン王子の思いに応えることはできない。私を迎えるということは、そのまま国を、私と魔族との戦いに巻き込むことになるからだ!」
ユリスティナの声を拡大して伝えてやる。
熱狂していた民衆の顔は、最後の彼女の一言で一斉に引きつった。
誰だって、今日のような事件に巻き込まれたくはあるまい。
「故に、ムッチン王子からの婚約は辞退させてもらいたい。よろしいか、ムッチン王子」
「あ、はい」
ムッチン、即答。
現実的に考えて、一国の軍隊が歯が立たないオロチを単身で倒す女である。
一人では下等魔族のインプにすら勝てないかも知れないムッチン王子が、相手にできるものではない。
今この場で、ユリスティナとムッチン王子の婚約は破棄されたのであった。
民衆から、大歓声が上がる。
これで、ゼニゲーバ王国は、ユリスティナと魔族との戦いに巻き込まれないぞ、というニュアンスを含んだ歓声である。
黒いなあ。
そして、ショコラを抱っこしに戻る余の目の端で、一人だけ気になる男がいた。
その男は、黒いローブを着た老人で、目を見開き余を睨みつけていた。
こやつだけが、この場で唯一余を見ていたのだ。
何者であろうか。
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