第4話 魔王、ベーシク村にやって来る
ドラゴンの赤ちゃんをどうにかあやしながら、道行くこと少し。
彼方に、人間の村が見えてきた。
さて、このままの姿で行けば、村人に警戒されてしまうだろう。
少しは人間に近い姿に変わるとしよう。
余は、近くを流れる小川に姿を映した。
うむ、いつ見ても惚れ惚れするような禍々しき姿よ。
闇の兜、闇の鎧、闇の衣。
面頬の奥に輝く、血の如き真っ赤な双眸。
この外見だけで村をパニックに陥らせる事間違いなし。
「いかん。赤ちゃんの世話の仕方を聞くどころではない」
余は、変身の魔法を使った。
そうだな。
とりあえず、勇者ガイがあと五年くらい成長した姿にでもしておこう。
余ほどの魔族ともなれば、相手の未来を覗き見る程度のことはできるのである。
余の足元から煙が巻き起こり、全身を包んでいく。
赤ちゃんはびっくりして泣き止み、目を丸くしていた。
そして煙が消えたあと、余の姿はすらりとした好青年に変わっていたのである。
見た目は人間のようでも、実際は闇の衣を纏った元魔王ザッハトールのままだ。
故に、余に近づきすぎると見えない鎧にコツンと当たる。
村人には注意をして欲しい。
余は赤ちゃんを抱っこしたまま、村まで歩いていった。
そうそう。
赤ちゃんの名前を決めたのだ。
どうやら女の子らしいので、ショコラと名付けた。
ショコラは赤ちゃんながら大変なお転婆で、余の肩を上ったり、頭の上に乗ったままお昼寝したりする。
こんなにお転婆では、大きくなってからどうなってしまうのか心配でもあり、楽しみでもある。
「頼もう」
余は村の入口で声を上げた。
「はいはい」
出てきたのは、村の門番を務める男である。
槍を持ってはいるが、鎧を着ているわけでもなく、その動きには洗練された様子が見えない。
つまり、この村は門番が戦いの備えをする必要が無い程度には平和なのだろう。
「余は旅人なのだが、困ったことがあってな。故あって村に入りたい」
「……お前さん、若いのにえらく時代がかった喋り方をするなあ。ちょっと待っててくれ。簡単な身体検査と、幾つかの質問をさせてもらうから……と、赤ちゃん連れか。長引かないようにするよ。でも、綺麗な髪と瞳の色の赤ちゃんだなあ」
門番はショコラを見て、気を使ってくれたようだ。
ありがたい。良い男だ。
ちなみに、ショコラの姿も幻術で、人間の赤ちゃんのように変えてある。
鱗と同じ瑠璃色のふわふわとした髪に、同じ色の瞳のもちもちとした赤ちゃんだ。
余は、門番の男に詰め所のような所へ案内された。
椅子を勧められたので、腰掛けることにした。
「ピヨー」
ショコラが、余の腕から抜け出し、テーブルの上で這い這いを始める。
「あー」
門番が声を上げた。
ショコラが書類を手に取ると、うまうまとしゃぶってしまったからだ。
書類がよだれでべとべとになる。
「済まぬな」
「いや、いいよ。赤ちゃんだもんな、仕方ないよなあ。えっと、赤ちゃんと一緒ってことは、移住希望? 最近増えてるんだよね。世の中、人魔大戦が終わって平和になったからさ。こっちに流れてくるのも増えてる。一応身元だけ聞いていいか?」
「うむ。余はあちらの村からやって来た」
嘘などつかない。
余はあの廃墟となった村で、卵を孵すために半年逗留していたのだから。
門番は余の指差した方向を見て、ハッとなった。
余とショコラを見て、彼の眉毛がハの字になる。
「そっか……。オルド村の生き残りかあ……。まだ生きてる奴がいたんだな。それも、こんな赤ちゃんまで連れて……。よし、分かった! お前さんは、俺が責任を持ってこの村に住めるようにしてやるよ! 赤ちゃん連れて、あそこから生き延びてきた奴を、外に放り出すなんてできやしねえ!!」
「そうか! それはありがたい」
「ピヨ、マウー」
口をよだれでべとべとにしたショコラが、余の腕の中に戻ってきた。
闇の衣を、うまうましゃぶりはじめる。
「あー、しょうがねえなあ、もう」
ショコラを見て、門番の男は相好を崩した。
ショコラは可愛らしいからな。
当然の反応である。
ちなみにオルド村とは、余の配下である八旗峰が一騎、『紅蓮の旗のガーディアス』が調子に乗って滅ぼしてしまった人間の村だ。
この行為により、ガーディアスは勇者ガイの怒りによる覚醒イベントを誘発し、勇者パーティの新たなる力の実験台になった。
村一つという犠牲は払われたが、ガーディアスは身を持って、勇者たちを一つ上のステージに上げたと言っていいだろう。
まさか、ここに来てガーディアスが、余とショコラの助けになるとはな……。
縁とは分からぬものだ。
「じゃあ、ここに名前書いてな。へえ、あんた、ザッハって言うのか。なんつーか、名前の一部が魔王と同じ……いやいや、すまん。気を悪くせんでくれ。で、娘さんはショコラちゃんか。可愛いなあ。将来凄いべっぴんさんになるぞ!」
「そうか? 貴様もそう思うか? 余もそう思う。むは、むはははは」
「マウー。アー」
むっ。
ショコラが余の膝をぺしぺし叩く。
これはお腹が減った合図だったはずだ。
余はごそごそとポケットを漁った。
あったあった。
道端で取ってきたバッタだ。
「今からおやつをあげるからな。いい子にするのだぞショコラ」
「マウー」
「は!? ちょっとちょっと待てあんた! 虫なんか子供にあげちゃだめだろー! ちょっと待ってろ。いや、もう仕方ねえなあ……。新人パパなんだなあ。若いもんなあ」
門番が奥に引っ込んだ。
すると、足音が増える。
「赤ちゃんに虫をあげようってバカはあんたかい? ったくもう、バカ親だねえ!」
そう言いながら現れたのは、門番の男の五割増しほどの体格をした女だった。
「ほら、果物を潰した汁だよ! もうお乳は飲ませなくていいんだろ? じゃあこいつをあげな!」
「ほう。赤ちゃんにはそれを飲ませるものなのか?」
「そうさ。蜂蜜や魚、精製度が低い砂糖もいけないね。生物はやっぱり駄目さ。あんた、そんなんでよく赤ちゃんが無事だったもんだねえ」
「ふむ。ショコラが頑丈だったからかもしれん。勉強になる」
余はこの女の言葉を素直に聞くことにした。
どうやら彼女は、赤ちゃんを育てるスキルを持っているようだ。
つまり、余が求めていた人材だ。
余は果物を潰したものを受け取ると、匙で掬ってショコラにやった。
「ピヨ! ウママー」
ショコラは、果物の味にびっくりしていたようだが、すぐに目を細めてパクパクと食べ始める。
なるほど、反応が良い。
この女の言う事、確かだ。
是非とも欲しい人材である。
「余は、赤ん坊に詳しい者を側近に迎えようと思っているのだが、どうだ」
まずは直球で、勧誘の文句を投げかけてみた。
すると、何を勘違いしたのか、女は目を丸くして、それから赤くなったではないか。
「いや、ちょっとあんた。いきなり娘さんの前で口説いてくるなんて……」
「おいおいおい!? 待てよ兄ちゃん! うちのかみさん口説かないでくれよ!」
「……? それは済まなかったな」
口説く?
何のことか分からん。
だが、この女が門番の男の妻である事は分かった。
なるほど、優秀な女に、人の心を
良いではないか。
「では、せめて名を聞いていいか? 余はザッハ。娘の名はショコラ。この村に住むことになるのだからな」
「おやまあ、そうなのかい。あたしはアイーダ。旦那はブラスコさ」
「よろしく頼むぜ、ザッハ! あんたのことは、村長に話を通しとく。どんと任せておいてくれよ!」
うむ。
村に来て早々、良い出会いを得られたようだ。
「ピャ!」
余の膝の上で、口中を果物汁だらけにしたショコラが、ご機嫌で鳴いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます