第25話 魔王、村のお仕事をしながら王国を観察する

「今日はザッハトールが当番だな。ほら、おんぶ紐」


「うむ、行って来よう」


 朝食を済ませた我が家である。

 ゼニゲーバ王国の魔法使いが襲撃してきてから、一夜が明けている。

 余はユリスティナとその辺りの情報を共有し、今夜辺りに対策を練ることにした。

 それはそうと、村で暮らしていくためには仕事をせねばならない。

 ユリスティナは今日一日習い事。

 編み物とお料理を奥さんたちから学ぶのだ。

 その間、余はショコラをおんぶして、村の仕事に従事するのである。


「ではセットだ。どうだショコラ、きつくは無いか?」


「マーウー」


「居心地良さそうだ。ショコラは案外、おんぶも好きなのかもね」


 ユリスティナはショコラのほっぺたをむにむにすると、にこっと笑った。

 そして、赤ちゃん服のフードをきちんとショコラに被せて、出かけていく。

 さあ、余も出発である。

 本日の仕事は、村の見回りと塀の補修。

 先日村人たちに教えた、子どもたち愛用の抜け道を塞ぐ事になったのだ。

 子どもたちからはブーイングがあったが、今後の魔法の授業はブラスコを抱き込み、堂々と村の表門から出て行うことになった。

 こっそりとやるのは良くないからな。


「やあザッハさん! 今日もいい天気だねえ!」


「うむ。空が高く気分が良いな」


 行き会う村人と世間話などしながら、余はあちこちを練り歩く。


「マウマウママ、マーウマー」


「なんだ、ショコラは歌っているのであるか? 子ども園でお歌を習ったのだな」


 背後から流れる赤ちゃん語のメロディを聞きつつ、余は畑のほうに向かう。

 そこは、村の生命線とも言える、穀物と野菜を育てている場所だ。

 野菜を漬物にする作業所や、保管庫もある。

 見覚えのある巨体が、村人に混じって野良仕事に精を出していた。


「フレイム。調子はどうであるか?」


「あ、どうも魔王さ……」


「しーっ。余は魔王ではない。気のいい赤ちゃんを育てる人だ」


「そうだったっすね! えっと、ザッハさま……さん」


 余が怖い顔をしたので、フレイムは真っ白な顔になって言い直した。


「どうだ、皆の者。余が連れて来たフレイムは仕事に馴染んでおるか?」


 余が問うと、作業中の村人が顔を上げて笑った。


「ああ! この図体でこのパワーだろ? 畑を耕すのだってあっという間だ! 最近、ちょっと先の林を開墾してるんだけどよ。フレイムがいりゃ、切り株だって引っこ抜けるぜ。牛馬いらずだなあ」


 ほう、助かっているようだ。

 それは何より。

 褒められているフレイムだが、きょとんとしている。

 自分が感謝されることをしているという実感が無いのだろう。


「ま、ちょいと口下手だけどな。でも、ブリザードちゃんほどじゃねえな。あの子の場合、話しかけるとカチーンと固まっちまうからなあ」


「ほうほう、固まってしまうと」


 ブリザードは、コミュニケーションに苦戦しているようだ。

 まあ、人間と世間話するなど、戦闘だけに百年も明け暮れた氷と炎の騎士にとっては初めてのことなのだ。

 分からぬところは余がサポートし、じっくりやっていこうではないか。


「ザッハさんもお疲れ様だね。今日はショコラちゃんのお守りかい?」


「うむ。替えのおむつやお弁当もこうして持ってきてある。抜かりは無いぞ」


 余はにやりと笑った。


「参ったなあ。うちのかかあがさ、『ザッハさんとこなんて、ユリスティナ様だけじゃなく、ザッハさん本人も赤ちゃんのおむつ替えてるってのに、仕事と酒と寝ることしかしないんだから、この宿六!』なんて怒鳴られてよお。肩身が狭いぜ」


「ぐはははは。ならば貴様も育児に参加するが良かろう。子どもは良いぞ。見る間に成長していく。教えたことは、乾いた布が水を吸うように己のものとするからな」


「いやあ、ほんと、ザッハさんにはかなわねえや」


 余は村人たちと、ぐっはっは、わっはっはと笑いあう。

 そして、畑作の午前の休憩で一緒にお茶とおやつの漬物を食べ、また村の巡回に戻ったのである。


「さて、午後からは塀の穴を塞ぐのであったな」


 余は村の集会所までやって来て、午後の巡回を引き継ぐ。

 そして、後の予定を確認するのだった。

 その時である。


『魔王様ーっ! 愛しい魔王様ーっ!!』


「む、その妙に込められた感情が重い念話は、オロチか」


『はい! 貴方様のオロチでございます!! 定時連絡です! 人間の魔導師は、王国に到着致しましたわ!』


「ほう」


 一人でぶつぶつ言っていては怪しいので、余は人気が少ない木陰に移動する。

 そこで、ついでにショコラのおむつを確認した。

 むっ。

 しているな。


「ピャー」


「よしよし、今替えてやろう……」


 木陰でおむつを替えながら、オロチからの報告を受けるのだ。


『わたくし、姿を消して後を追っているのですが、魔導師は真っ直ぐに大きな建物に入っていきました。感覚を共有いたしますわね』


 オロチから、視覚情報が送られてくる。

 四魔将は余の使い魔であるため、このような使い方ができるのである。

 ほう。

 オロチの目を通して見えるのは、緑色の屋根をしたドーム状の建物だ。

 大きさはかなりのもので、ちょっとした貴族の屋敷よりも大きい。

 これは、ゼニゲーバ王国の魔法学院だな。

 学院前には、大きな石像が二体。

 ストーンゴーレムである。

 オロチがその隙間を入ろうとすると、ゴーレムが動いた。


『あっ、わたくしを警戒しているようです!』


「ほとんどの力を失った貴様では、ここは少々きつかろう。学院を一周し、手薄な場所から潜入するのだ。時間は掛かっても構わん。拙速よりも巧遅を尊ぶのが我ら魔王軍故な」


『はい、かしこまりました! 期待なさっていてくださいませ!!』


「うむ、期待しているぞ」


 余の言葉の後、オロチからは言葉にならない甲高い歓声みたいなものが飛び出してきた。

 うるさいので念話を切る。

 さて、ここからは余が、オロチを直接操作して魔法学院に潜入させねばなるまい。

 村の仕事とオロチの操作、さらにはショコラのお世話と三つ同時進行である。

 だが、この程度のマルチタスク。

 千年の間魔王軍を切り盛りした、魔王ザッハトールには難しくないのである。

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