第24話 魔王、襲撃者を模範的に撃退する
「はい、ちゅうもーく!」
余は振り返り、子どもたちに前方の侵入者を見るように促した。
既に相手は侵入者ではない。
攻撃の意思をあらわにしており、襲撃者と言っていいだろう。
これは大変よい教材である。
余は魔闘気の形を変える。
子供たちが、横並びになってこの状況をじっくり観察できる体勢ができあがった。
「あれが、村を襲ってこようとしている悪い奴らである」
「うわー、わるいやつ!」
「わるいやついたー」
小さき人々はびっくりし、指差しては襲撃者たちを子どもなりの
これを言われた襲撃者も堪ったものではないようだ。
「くそっ、完全に見られた!」
「相手はガキだぞ! 口を塞げ! なに、田舎の村のガキが何人消えた所で問題にはならん。なんなら、もう村ごと沈黙してもらった方が話が早いくらいだ」
物騒なことを言う者がいる。
どうやら、襲撃者のリーダーらしいな。
黒に銀髪のメッシュを入れた壮年に入りかけの男だ。
身分を表す装飾品などはつけていないが、余はあの顔知ってるぞ。
ゼニゲーバ王国魔道学院を設立するさい、余が講師として外部から招くよう工作した、傭兵魔導師だ。
名をアンスガーと言う。
彼の経歴については色々ドラマチックなものがあるのだが、それはまあ語る必要もなかろう。
重要なのはこの状況を、どう子どもたちへの授業として料理するかだ。
ちなみに魔導師とは、魔法使いの上級職である。
「お前ら、魔法の準備! 俺が教えた通りやれ! 集中、詠唱、そして行使!」
アンスガーの指示に従い、襲撃者たちが呪文の詠唱を開始する。
彼らの体から魔力が湧き上がり、周囲の空間が魔法を発動すべく、変容し始める。
だが、これを見て子どもたちは、余が教えた通りの感想を抱いた。
「あっ! あのおじさんたち、じゅもんを唱えてる!!」
「さっき教わったもんね、じゅもんって意味ないんでしょ?」
「そうそう。おじさんたち、かっこいいからじゅもんとなえてるんだよね」
年頃の小さき人々は、とても元気があり、声が大きい。
彼らの感想は、余す所無く襲撃者たちに届いたようだ。
「な、なにっ!?」
アンスガーが狼狽した。
まさか、子どもたちにそんな事を言われると思ってなかったのだろう。
呪文詠唱は、言うなればプラシーボ効果で集中しやすくなるだけで、それ自体には魔法を強くする効果も何もない事は、魔法使い学会では常識となって久しい。
ちなみに魔法使い学会の常任理事の一人が余だ。
アンスガーが動揺したので、彼が率いる襲撃者部隊もちょっと集中が乱れ始める。
彼らは見た所中級に入ったくらいの魔法使いである。
詠唱の真実とか知らないのだろうなあ。
「ええい、ガキの
アンスガーが絶叫した。
魔法使いたちは、発動させた攻撃魔法を、次々余と子どもたちに向かって撃ち込んで来る。
「はい、ちゅうもーく! このように、魔法使いは凄い者がたくさんいる。誰でも使えるということは、幾らでも凄い者がいるということだ。調子に乗ってはいけないのだぞ」
余は子どもたちに向かって講釈をする。
その背後で、魔闘気にぶつかっては弾けていく魔法の数々。
炎であったり、氷であったり雷であったり。
「ひえー! す、すごい音!」
「こわい!」
「でもぜんぜんこっちにこないよ? 弱っちいんじゃないの?」
むっ、危険な感想を抱いた子がいるな。
では、すこーしだけ怖いところを体験させてやろう。
余は細心の注意を払い、魔闘気をすこーしだけ緩めて、攻撃魔法の爆風が1%だけ届く様にした。
サウナくらいの熱い風がびゅっと吹き込む。
小さき人々は、きゃーっと悲鳴を上げた。
「弱くはないのだぞ。余があれを防いでいるから、貴様らは無事なのだ。今の熱い風の百倍くらい熱いのが吹いてきて、貴様らみんな美味しくこんがり焼けてしまう所だったのだ」
危険な感想を言った子が、真っ青な顔でこくこく頷く。
よし、よく理解したようだ。
余は彼の頭を撫でた。
「なに、心配することはない。魔法は誰でも使えるが故、腕を磨き、強くなればよい。そうすれば、怖くて悪い魔法使いにも対抗できるようになるのだ。では、今からそれをレクチャーしてやろう」
襲撃者たちは焦っていた。
どれだけ魔法を使っても、余は平然と彼らに背中を向け、子どもたちに向かって何か喋っているし、子どもは悲鳴を上げているものの、誰一人として傷ついた様子はない。
アンスガーの顔が引きつっているな。
余は後ろで起っていることも分かるのだぞ。
故に、余が振り返った瞬間、アンスガーの全身に緊張が走った。
「来るぞ、お前ら!! 防御魔法を展開しろ!!」
アンスガーの命令どおり、魔法使いたちは防御魔法を使った。
彼らの前に、半透明の壁のようなものが出現する。
魔法的な攻撃を一定まで防ぐ壁だ。
うむ、その判断は的確だ。
余が普通の魔法使いだったら、その対応でそれなりに無力化できたことであろう。
だが、余は普通の範疇に収まる存在ではない。
何せ、魔法使いではなく、赤ちゃんを育てる人だからな。
しかも今は、小さき人々の先生だ。
「ちゅうもくせよ! これが貴様らに教えた魔法だ!
余が指先を、襲撃者たちに向けた。
目の前の空間が歪む。
そこから一斉に吹き出したのは、猛烈な勢いと量を誇る、水しぶきである。
叩き付けるような大量の水が、あっという間に魔法使いたちの防御魔法を飽和させ、貫通した。
「ぎょえーっ!」
「ぎゃーっ!」
あこちこちで、水に叩かれた魔法使いたちが昏倒していく。
耐え切った者も、足元を水でぬかるみに変えられ、足を取られて転ぶ。
「馬鹿な! そんな馬鹿な!!」
アンスガーは叫びながら、必死で防御魔法を使っている。
だが、ぬかるみに足を取られ、今にも膝を突きそうだ。
彼の防御魔法も点滅している。
余の水の召喚に耐え切れないのだ。
「子どもたちよ。これが余が教えた水の召喚の底力である。腕を上げれば、ごく初歩的で基本的な魔法であっても強くなるのだ」
「す、すげー!!」
「ザッハさんすげえ! ザッハさんじゃないや、ザッハ先生!!」
「先生すごーい!」
「ザッハ先生すごいすごい!」
子どもたち大喜び。
心からのリスペクトが余に降り注ぐ。
「ありがとう小さき人々よ……! 貴様らも腕を磨いていけば、いつかここまで……は難しいな。割と凄いことになるであろう」
余の一番近くにいたチリーノは、頬を真っ赤にして頷く。
大興奮だ。
結局、襲撃者たちは余が召喚した水によって壊滅した。
余は水の流れを操り、彼らを一箇所にまとめて魔法を掛ける。
「
余が指を鳴らした途端、魔法使いたちの目はとろんと半濁したものになった。
使いようによっては、対象のあらゆる記憶を破壊できる魔法である。
だが、それでは日常生活に支障が出よう。
余はこれによって、彼らの中に芽生えていた魔法使いとしての選民意識とか、アンスガーから下された村を害する命令などを消し去ったのである。
魔法使いたちは、皆、気のいいおじさんになった。
「あああ……。馬鹿な……圧倒的過ぎる……! こんな、こんな魔法を使えるなんて……! まるで伝説の大魔導師、トルテザッハのようではないか……! だが、トルテザッハは四魔将パズスとの戦いで敗れ、大魔導師の弟子ボップに全てを伝えて死んだはず……!」
アンスガー、詳しい解説をありがとう……!
それは余が苦心して作り出した、魔法使いボップ成長編のシナリオだ。
そうか、あのシナリオは、そこまで細やかに民間に伝わっているのだな。
製作者冥利に尽きる……!
余はジーンと感動した。
嬉しさで浮かれそうになる声を、咳払いで整える。
あえて重々しい口調を作り、余はアンスガーに語りかけた。
「傭兵魔導師アンスガーよ」
「なにっ!? 俺の名を……! まさか、記憶を読んだのか!?」
「そうだ」
読んでないが、そういう事にした。
「くっ……! では、この計画もお前にばれてしまったという事か。だが、お前がいかに強力な魔法使いであろうと、いや、魔導師であろうと、あのお方には勝てぬ!!」
あのお方?
誰だそれ、と聞きたくなるのを、ぐっとこらえる余。
せっかく勘違いしてくれているのに台無しではないか。
記憶を読む魔法は使えるが、人間の頭の中はごちゃごちゃしていて、読むのが面倒くさいのだ。
「ふっ、奴か。良い事を教えてやろう。余はあやつとは互角の存在でな。奴が我が世の春を謳歌しているなら、帰って伝えるがいい。余はここにいて、いつでも貴様の挑戦を待っているぞ、とな」
「な、なに……!? お前は、あのお方の……!?」
アンスガーの目が恐怖に染まる。
いや、あのお方って誰だよ。
余が聞きたいのはそこなんだけど。
えーと……ゼニゲーバ王国で関係しているらしき名前というと……。
「ガーディ」
ぼそっと小さい声で言ってみた。
ゼニゲーバ王国で秘密工作をしていた、魔法学院の者たちが言っていた名前である。
アンスガーがビクッとする。
あ、良かったー。
当たりであったようだ。
「ガーディに伝えよ。貴様の策謀など、余はとうに見通しているとな」
ということで、余はアンスガーに恐怖を植えつけたあと、解放することにした。
何か陰謀の気配を感じたからである。
この男を泳がせ、状況を探るのだ。
「いでよ四魔将、東のオロチ。ミニサイズでな」
「魔王様ー!」
「そういうのは後でな。あれを追え」
ということで、報告役もつけた。
ゼニゲーバ王国の状況を調べてみようではないか。
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