第四章 暴かれる陰謀

第23話 魔王、襲撃者と遭遇する

「よし、貴様ら、大きく手を広げて水を召喚する構え」


「はーいっ!」


 小さき人々の声が響き渡る。

 それっぽいポーズをした子どもたちが、眉間にしわを寄せて唸っている。


「水、水ーっ」


「みず、でろーっ」


「我があんこくの呪文によって水よ、なんじをよびだす! とくきたれ水よ! だてんの力をもってなんじをここになづけん!」


 最後の子、それ誰に教わった?

 余の教え子は、男の子が九人に女の子が二人。


「はい、そこでドーン!」


 余が大きく手を打ち鳴らす。

 すると、子どもたちはビクッとして、その指先からちょろっと水が出た。

 水の召喚成功である。


「いいぞいいぞ。水が出たではないか。貴様ら、いい感じであるぞ!」


「びっくりした! ザッハさんにドーンって言われたとき、いきなり体の中からぐわーって熱いものが出てきてさ」


「うんうん、指のほうにあつまったんだ! それで水が出せた!」


「それが魔力である。今の感覚、よく覚えておくのであるぞ? 全ての魔法は、魔力を操ることで発動させる。魔力は体の奥底からやって来る。水召喚程度の魔法であれば、己の魔力だけで事足りるだろう。だが使いすぎ注意である。とても疲れるからな」


「はいっ!」


 子どもたちが良いお返事をする。

 素直である。

 余の言うとおりに練習をし、頑張ったらみんな成果が出たのだ。

 余の教えが正しいと理解しているのだから、従わぬ道理はない。

 まずは正確な方法で魔力を呼び出す。

 そして、魔力を使って簡単な魔法を使う。

 それができて初めて、それぞれに合った魔法の使い方を考えていく段階になるのだ。


「でもザッハさん、みんなポーズ違うんですけど、いいんですか」


 チリーノが聞いてきた。

 良い着眼点である。


「うむ、それについて答えよう。ポーズそれ自体には意味はない。だが、お気に入りのポーズをする事で集中しやすくなるのだ。それがどんなヘンテコなポーズに見えても、本人からしたら最高にかっこいいポーズかも知れぬ。そういうお気に入りポーズをして集中することで、魔法は速く上達するのだよ。ちなみに呪文詠唱も同じであるからな。あれ自体に意味ないから」


「えいしょうって、魔法のまえにごにょごにょ言うやつ!?」


「ええ……。あれかっこいいのに」


 子どもたちのがっかりした声が聞こえる。


「そう、かっこいい。それで良いのだ。かっこいいと思うからこそ、呪文を詠唱すると集中できるのだ。皆、集中しやすいやり方は違うのが魔法というものだぞ。みんな違ってみんないいのだ」


 余の返答を聞き、子供たちは、なるほどーと感心した。

 既に、最も単純な水召喚であれば行使可能になった彼らである。

 魔法というのは原理を覚えれば誰でも使えるのだが、ここから先は才能が物を言う。

 魔力が多かったり、お気に入りのポーズになった瞬間異常な集中力を発揮できたりすると伸びる。


「では次に、水をたくさん出すための方法をだな」


 余が授業を新たな段階に進めようとした時。

 それは起きた。


『魔王様、侵入者です』


 ブリザードから念話が飛ぶ。


『それは貴様に任せていたと思うが?』


『数が多いようです。森ごと凍りつかせれば対処できます』


『森が凍ると狩りができなくて困るであろう。仕方ない。余が直々に手を下そう』


 念話終了である。

 突然喋るのを止めた余に、子どもたちは注目している。


「ふむ、どうやら緊急事態が起ったようだ。貴様ら、緊急事態という言葉は分かるか? なに、難しい? そうであろうなあ。難しいもんなあ。分かりやすく言うとだな、大変で、とても危ないことが起った。これで分かるか」


「たいへん!?」


「あぶない!?」


 ざわざわする小さき人々。

 よし、伝わった。


「これは良い機会である。貴様らに、世の中にはこんなに危ないことがあるんだぞ、という特別授業を行う。ちょっと魔法が使えるからと言って調子に乗ると、そのせいで恐ろしいものを呼び寄せてひどいめに遭ったりする。死んじゃったりする」


「ひい」


 子どもたちの中から悲鳴が上がる。


「ということで、危ないことには近付かない。これが大事なのである。だが、何が危ないことなのか分からなければ、近付くも離れるもあるまい。余がこれから、何が危ないのか、その一端を教えてやろう。さあ、一列に並ぶのだ」


 余が号令をかけると、子どもたちは余の前で、列を作った。

 この列の周囲に、余は魔闘気を巡らせる。


「良いか。列から離れてはいけないぞ。離れたら大変なことになる。具体的には、痛くて苦しくて死んじゃうようなことになり、貴様らのお父さんやお母さんやお兄ちゃんやお姉ちゃんや近所の人たちがとても悲しくなる。村がみんな悲しくなる。ということで列から離れてはならぬぞ」


「はい!」


 子どもたちのいいお返事を聞き、余は満足げに頷いた。

 それでは、侵入者とやらのところに向かうとしよう。

 この一列になった隊形は、余が魔闘気によって後ろの人たちを引っ張る、ムカデごっこ状態となっている。

 これによって、子どもの足であろうが、大人の全力疾走ほどの速さを出すことができるのだ。


「出発進行!」


 行列が動き出した。

 森に向かって一直線。

 侵入者には、すぐに遭遇できた。

 もともと、向こうは魔法的な手段でこちらを補足していたようである。

 こちらを監視しようとしたのか、捕まえようとしたのかは知らぬ。

 だが、気付かれぬように近付こうとしていたら、我らが猛スピードで迫ってきたのだ。


「な、なんだあれはーっ!!」


 余と子どもたちが一列になって、森の中を疾走する。

 それを目撃して、侵入者が思わず叫んだ。

 見た所、カメレオンマントを着込んだ魔法使いの集団のようであるな。

 子どもたちには、本来彼らの姿は見えまい。

 カメレオンマントは、着込んだものを周囲の風景に溶け込ませてしまうのだ。

 なので、マントは弾き飛ばそうね。


「せいっ」


 余は近寄りざま、指先から魔闘気を放った。

 まるで風の様になるまで薄められた、充分に手加減された魔闘気は、そっとカメレオンマントだけを剥ぎ取った。

 姿があらわになる魔法使いたち。


「ばかな! マントをはがされただと!?」


「魔法の守りを貫いてきた! なんと強力な攻撃だ! 気をつけろ!」


「到着!」


 余は立ち止まった。

 急には止まれなかった子どもたちが、余の背中とかお尻にごつんとぶつかってくる。


「いたいー!」


「あいたー!」


 余は振り返らず、子どもたちに回復魔法を飛ばすのである。

 さて、ここから、ザッハトールの魔法教室、その課外授業の始まりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る