第22話 魔王、氷と炎の騎士を呼び出す

 子どもたちに魔法を教える以外にも、やる事がある。

 余は家に帰ってから、裏庭に結界を張った。


「何をするつもりだ?」


 余が作ったクッキーを食べつつ、見学しているユリスティナ。

 彼女の膝の上で、ショコラも同じクッキーをうまうまと食べている。

 赤ちゃん用クッキーなので、大人も食べられるのだ。


「うむ、先日の爆発は覚えているであろう」


「ああ。あの後行ってみても、何も無かった。大方、お前の仕業だろうと思っていたが、意味も無く爆発騒ぎを起こす魔王ではない。一体何があった?」


「ンママー」


 質問の途中だが、ショコラがクッキーを食べ終わり、よだれを垂らしながら次の一枚を所望したので、新しいものを取ってあげる事にする。

 余とユリスティナは、美味しそうにクッキーを食べるショコラを見て、ニコニコ顔になった。


「魔王様、ユリスティナ様、話の続き続き」


 横で見ていたパズスが急かさなかったら、このままずっとショコラを見ているところであった。

 危ない危ない。


「うむ、何の話だっけ」


「ザッハトールがこの間起こした爆発の話だ」


「おお! あれはな、村を狙う何者かが、傭兵を使って良からぬことを企んでいたのだ。故に、パズスを使って一掃させた」


「一掃……?」


 ユリスティナの目が、お猿に注がれる。


「一掃と言っても、無駄な殺しはしてませんぜ。その辺、魔王様の引退後のスタンスなんで。ええと、爆発で吹き飛ばしたあと、連中の記憶も吹き飛ばしたんですよ。おいら、頭の中は読めませんけど大雑把に記憶を消すことは得意なんで。ウキキ」


 パズスの説明が大変分かりやすかったので、余は彼にクッキーを手渡した。


「ウキー! ありがたき幸せ」


 パズスがむしゃむしゃとクッキーを食べ始める。

 それを見て、ショコラが「ウママー」と喜んだ。


「そこでだ。パズス一匹では村をカバーしきれまい。このお猿には、子どもたちと遊んだりして危険から守るという大事な役割もあるからな」


「最近家の中で見かけないと思ったら、そんな事を……」


 ユリスティナが感心した。


「うむ。余はパズスに代わって村を警備させるべく、あの姉弟を呼び出すのだ」


「氷と炎の騎士か……!!」


「いかにも。あやつらならば、命令にも忠実であるが故な。ほれ、そこが魔方陣になるから少し下がっていよ」


 余はユリスティナを下がらせると、庭の中央に立って指を鳴らした。

 余の魔法行使に詠唱は不要である。

 何らかの仕草をして、直接、己の魔力で世界のあり方に干渉し、望む結果を引き出す。


 余の足元に、青と赤、二つの魔方陣が生まれた。

 片方は吹雪を吐き出し、もう片方は炎を噴き上げる。


「現れよ四魔将。北のブリザード。南のフレイム」


「ははっ」


「ここに!!」


 魔方陣から声が響き渡り、二つの人影が出現した。

 青い氷の鎧を纏った長身の女騎士と、赤く燃え盛る炎を鎧とした巨体の騎士だ。

 二人は余の前にひざまずいている。


「久しいな、二人とも」


「はっ。魔王様に置かれましてはお変わりなく」


「あれっ? なんで魔王様、人間の姿をしてるんですか!?」


 クールに対応する姉のブリザードと、顔を上げるや否や、首をかしげて疑問を口にするフレイム。

 全く性格が違う姉弟なのだが、頼りになるのである。


「ククク……これには事情があってな。故、今の余は魔王ではない。赤ちゃんを育てる人だ」


「御意」


「へー。なんか良くわかんねえですけど、分かりました!」


「貴様らには、やって欲しい事があって呼び出した。この人間の村、ベーシク村を警護せよ」


「御意」


「は? 人間の村を? 意味分かんないんですけど、分かりました!」


 ブリザードは、余の成すことに疑問は挟まない。

 フレイムはそもそも、余がやっている事がぜんぜん分かっていないようだが、言うことはよく聞く。

 それぞれが戦闘力だけなら、パズスに匹敵する姉弟だ。

 彼らに任せておけば村も安心であろう。

 反面、戦うこと以外はさっぱりできないのだが。


「それが、あの氷と炎の騎士か……。私たちが戦った時には、もっと恐ろしい姿をしていたし、言葉すら通じない化け物だと思ったものだが」


「こやつらは余が作ったからな。余の言うことしか聞かぬ。貴様ら勇者パーティと戦った時は、あの場所を守れと余が厳命しておったのだ。侵入者と言葉を交わすことなどあるまいよ」


 だが、今は話は別である。

 この姉弟にも、人間とのコミュニケーションを学んでもらわねばならぬ。

 そうでないと、村の警備担当のブラスコが困るであろうからな。


「ブリザード、フレイム」


「はっ」


「はい!」


「貴様らは警備を行うとともに、人間どもに親しむが良い。交代で村の見張りを行い、手が空いた側は村の農作業を手伝うのだ。そしてその際、作業をしている人たちから一つ世間話を引き出し、余に報告を行うこと……!!」


「ぎ……御意」


「な、なんだってー!? いや、まあやりますけど!」


 これにはブリザードも動揺したか。

 今までの魔王軍四魔将は、コミュ障であっても勤まる職場だったからな。

 さらに、魔王軍で魔王に次ぐ最上位幹部ということもあり、この姉弟は部下とのコミュニケーションを取る必要が無かった。

 だが、これからは違う。

 苦手なりに、村人たちとお話していかねばならぬのだ。


「良いか、余は貴様らに、とても期待している……!! 必ずできると信じている……!!」


「おお……勿体なきお言葉……!」


「そんなに期待されたんじゃ、やらねえわけにいかないですよね!」


 余は彼らと同じ目線までしゃがみ込み、二人の肩に手を置いた。


「失敗してもいい。余が許そう。次は上手くやる、これでいいのだ……!」


 余の言葉に、深く頷く氷と炎の騎士。


「では行くが良い。手始めに、村の構造と周辺の把握をせよ!」


「御意!」


「ははーっ!」


 余の命令と共に、二人の騎士は氷と炎の竜巻となった。

 青と赤の旋風は空へと昇り、村の上空にて周囲を睥睨する。


「ザッハトール」


「なんだ、ユリスティナ」


「お前……部下の人心掌握が上手いのだなあ……」


 千年の在位で鍛え上げた技である。

 魔王たるもの、力と恐怖だけではやっていけぬのだ。

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