第21話 魔王、弟子を取る

 チリーノが熱心に頼んでくるので、余は彼を弟子にすることにした。

 弟子と言っても大したものではない。

 魔法のさわりを教え、魔法という大いなる力についてくる責任やら、行使する際に必要な自制心やらを伝えるのだ。

 この話をしたら、ユリスティナは難しい顔をした。


「えっ、魔王の弟子が? 新しい魔王になったりしないだろうな?」


「村の子どもであるぞ。大丈夫であろう。多分」


 ユリスティナは、頼りないなあ、とでも言いたげに余を見た後、パズスを手招きした。

 姫騎士とお猿が、内緒話をしている。

 大方、余が子どもたちを変な方向に導かないよう、見張っていてくれという頼みであろう。

 気のいいお猿さんとなっているパズスは、「合点承知、ウキッ」と安受けあいした。


 そして、余はショコラをユリスティナに預け、チリーノと約束した村の裏の森にやって来たのである。

 村の裏手には、子どもしか抜け出られないサイズの穴があり、そこを使って子どもたちは外に出たりするのだそうだ。

 危ない。

 今度村の大人たちに伝えて塞がせておこう。

 事故があったらどうするのだ。


 余がチリーノを待っていると、村の方向から彼がやって来た。

 ……。

 数が多いな。


「ザッハさん、ごめん……。俺、しゃべっちゃって……」


 チリーノの後ろに、小さき人々が十人ばかりわーっと並んでいる。

 みんな、ワクワクしながら目を輝かせているではないか。

 村の、十歳未満の子どもたちだ。


 余は困った。

 人数が多いと、秘密が守りにくくなるからだ。

 チリーノ一人であれば大丈夫だろうと思ったのだが、速攻で秘密がばれてしまった。

 こうなれば、一人も十人も変わるまい。


「連れて来てしまったものは仕方がない。いいか? 余は今から、貴様らに魔法を教える。だが、魔法を教わっていることは大人には内緒である。何故だと思うか?」


「はいっ!」


 小さき人々の中から手が上がった。


「そこの貴様。よいお返事である。答えてみよ」


「はい! えっと、大人が知っちゃうと怒るからです!」


「うーん、惜しい。惜しいが不正解!」


 答えた子どもはがっかりした。


「だが、答えようという意気やよし。それに元気が良かった! そこは素晴らしい」


 余が褒めると、子どもは嬉しそうな顔をする。


「では答えを言おう。余の教える魔法は、大人が知ると効果が消えてしまうからだ」


 余の言葉を聴いて、子どもたちは皆、一様に戦慄したようだった。

 大人が知ったら魔法が消える!?

 それは大変だ!

 と思っているのであろう。


「ということで、魔法が消えてしまったら誰かがばらしたということだ。他に質問はあるかね?」


「はいっ!」


「よし、そこ。なんだ、女の子もおるのか」


「あのー、魔法って言いますけど、ザッハさんほんとに魔法つかえるんですか?」


 おっと、これは現実的な目線である。

 ちょっと生意気に、大人を疑ってみる目線を持っている。

 この年頃の女の子は、男の子よりも早熟であるそうだからな。


「ククククク、余を疑うか。良い度胸だが……それも仕方あるまい。口先だけでは信用できぬからな。その、まずは信じられない話を疑ってみるという考え方は良いぞ。貴様らを騙そうとする悪い大人はたくさんいる。この娘のようにまずは自分で考えてみるというやり方は、騙されにくくなるのだ。拍手せよ」


 余が率先して拍手すると、小さき人々はわーっと拍手した。

 女の子は真っ赤になって、挙動不審になる。


「さて、それでは余が魔法を見せてやろう。まずはこうだ。炎よファイア


 余が空に向けて指をかざすと、そこから空を覆わんばかりの巨大な炎が吹き上がった。

 子どもたちはこれを、目を見開いて見つめながら何も言う事ができないでいる。

 びっくりしたであろう。

 ちなみにこの炎、村からは見えぬよう、周囲の光を屈折させて隠してある。


「す、すげえ……。ザッハさん、それが最大の魔法なんですね……!」


 ようやく口を開いたという感じで、チリーノが言った。

 余はこれを聞いて肩をすくめる。


「良いかチリーノ。最も初歩的な、着火の魔法が炎よ、だ。今、余は魔法を使う時になんと言った?」


「あ、えっと、炎よ、って」


 そこでチリーノがハッとする。

 子どもたちも皆、信じられないものを見るような目を、余に向けた。


「そうだ。今のは、余の炎よファイアだ」


「す……すげえ」


「火をつけるだけの魔法で、あんなに大きいなんて……!」


 ざわめく小さき人々。

 余は彼らが静かになるまで待った。

 大体五分くらい掛かって彼らは静かになった。


「ところで、貴様らに教える魔法はこの炎よ、ではない。火は危ないからな」


 えー、と落胆の声が上がった。


「分かりやすいからこそ見せたのだ。だが、火とは危ないものだ。扱い方を間違えれば、家や村、森だって燃やしてしまうだろう。貴様ら、お父さんやお母さん、村の人から火事の怖さは聞いているであろう?」


 子どもたちは、ハッとしたようだった。

 そしてめいめいに、深く頷く。


「良いか? 火の消し方を知らぬうちに、火をつける魔法を教わってはならぬ。よって、余が貴様らに伝授するのは、火を消す魔法……。水の召喚コールウォーターだ」


 説明と共に、余は魔法を使った。

 未だ、空では余が呼び出した炎が揺らめいている。

 これに向かって、召喚された水が吹き上がっていった。

 水が炎を包み込み、消していく。

 猛烈な水蒸気が上がった。


「うわーっ!」


「霧ができた!」


 ということで、余の魔法教室は開講したのだった。

 村の大人に気付かれてはならぬので、一日一時間だけである。


「良いか? 魔法とは魔力を変化させ、世界に働きかけてありえぬ現象を引き起こすことだ。今から教える元素魔法というものは、何かを召喚するものである。炎しかり、水しかり、雷しかり。まずは皆、目を閉じよ。まっすぐに立ち、己の中の魔力を感じるのだ。そら、何か流れていないか? この辺に魔力が集まってくるだろう」


 余が魔法を教える様を、遠くから眺める者があった。

 ユリスティナからの間諜かんちょうとなったパズスである。

 見よ。

 余は何も悪いことは教えておらぬぞ。

 これで、子どもたちは家庭のお手伝いに貢献することであろう。


 結局その日、魔法を行使できた子どもはいなかった。

 魔力を感じられたものが半分、何も分からなかった者が半分である。

 何、気落ちすることなどは無いのだ。

 魔法は練習量が全て。 

 練習は裏切らぬのだからな。

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