第26話 魔王、魔法学院を調査する
塀の穴を塞ぐ作業に取り掛かったのである。
「こりゃあ古い穴だな。随分前から空いてたんだろうに、誰も気付かなかったとは……」
枯れ木で隠された穴を見て、集まった村人たちはゾッとした顔をする。
子どもたちが使っていた抜け穴だが、この大きさならば狼などの肉食獣も入り込むことができる。
それが村にやって来た場合、成人男性が少なくなっているベーシク村はひとたまりもない可能性があるのだ。
長引いた魔族との戦争で、働き盛り世代の男は世界的に少なくなっている。
そのため、多くの男は辺境の村ではなく、復興が最優先とされる王都などに集められているのだ。
「さっさと塞いじまおうぜ」
「こっちに漆喰持ってきたぜ!」
村人たちは五人。
うち三人は成人したばかりの青年である。
「では、まずこの穴に石を詰めるのだ。その石を基盤として、漆喰などを流し込んで固めると、塞いだ跡が強固になるぞ」
余は彼らに説明しつつ、みずからその辺りの石や、壊れた煉瓦などを抜け穴に詰め込み始めた。
「なるほど!」
「確かにそうだなあ。漆喰で塗るだけじゃ、いつまで経っても塞がらないしな」
「材木じゃだめなのか?」
村人からの質問に余が答える。
「材木は腐るであろう。腐った部分が空洞になり脆くなる。故、硬いものが良いのだ」
「へー!」
この程度の知識であれば、知っていておかしくはないと思うのだが、そういう知識の伝承も男が減ったことで途絶えているのであろう。
ならば余が広めていかねばな。
村の安全と、ショコラの将来的な安定のために……!
ちなみに当のショコラはと言うと、世の背中ですやすやと眠っている。
ちょっとくらい動いても、物音を立てても、お昼寝モードのショコラは起きないのだ。
余は村人らを率い、テキパキと穴を塞ぐ作業を進めていく。
途中、子どもたちが穴を見にやってきた。
どんどん塞がれていく穴を見て、皆、がっかりする。
余は彼らに向かい、理解しやすいように説明してやるのだ。
「ここが開いていると、この間の魔法使いたちのようなものが入ってきて、みんな魔法で大変なことになるかも知れぬのだ」
「ひぃえええ」
子どもたちは震え上がり、理解を深める。
うむ、昨日の襲撃は実に良い教材となった。
少なくとも十一人、危険とは何かを理解した子どもが誕生したのだ。
結局その後も、子どもたちはどんどん現れ、気が付くと作業を手伝い始めていた。
漆喰のお代わりを練り練りしたり、小石を穴の隙間に詰めたり。
よし、これならば、余が少しくらい別の作業に意識を割いても問題あるまい。
『オロチよ、では潜入を開始するぞ』
余が念話をもってオロチに話しかけると、向こうから飛び上がらんばかりに喜ぶ感情が送られてきた。
ずっと待っておったのか。
そこは偉い。
余はどんな者であっても、偉い所は評価するのだ。
『世の魔力と貴様の肉体を使って作業を行う。体の支配権を借りるぞ』
『喜んで! この体、魔王様のお好きになさってくださいー!! なんならばもっと大切なものも差し上げても……』
『ははは』
余は笑って受け流し、オロチを操作し始めた。
今のオロチは、小型の蛇になっている。
だからこそ、ゼニゲーバ王国へ逃げていったアンスガーを追跡しても気付かれなかったのだ。
さらに、四魔将であるオロチは並みの蛇とは比べ物にならぬ魔力を持つ。
これを隠身のために使わせれば、人間の魔導師では気付けまい。
『それが故に、魔法的な知覚を持つゴーレムは欺けぬか。彼奴らは魔力を見て相手を判断するからな』
魔法学院の周囲を、ぐるりと巡る。
裏口……は警戒されておろう。
何らかの罠が仕掛けられていると思って良い。
ならばどこが良いか?
連なる窓を見上げながら、茂みの中を行くオロチ。
余の考えが正しければ、魔法学院には決定的な隙があるはずだ。
それは……。
『あった』
狙い通り、余はそれを見つける。
窓の一角が大きく開かれており、身を乗り出した頭巾にエプロン姿のおばちゃんが、窓をごしごしと掃除していたのである。
魔法学院は大きな建物だ。
掃除のためには多くの人を使って仕事させねばならない。
お掃除ゴーレムというものもあるが、床掃除がやっとで、まだ窓を綺麗に清掃するレベルには至っていない。
ちなみに魔王軍時代、窓掃除は専門の下級魔族を雇ってやらせていた。
オートメーション化すると、魔族の仕事が無くなる故な。
窓掃除魔族は魔王城の見栄えを良くするため、一生懸命頑張っていたものである。
時々、余は彼らに特別ボーナスを支給していた。
学院を清掃するおばちゃんも、そういうのをもらっているのだろうか。
『いかんいかん。過去に浸っていてしまった。魔王城が無くなり、多くの雇用が失われたことであろうな。近々埋め合わせに戻らねばならんな』
余は後々の計画を頭の中に刻み込むと、今は果たすべき目標に向かって邁進することにした。
お掃除するおばちゃんが、雑巾を塗らすために引っ込んだ瞬間、オロチをぴょーんと飛び上がらせる。
一瞬で窓に取り付いたオロチは、窓枠をささっと上に登り、おばちゃんの頭上を越えて屋内へと入り込んだのである。
壁伝いに這いながら、天井に取り付く。
「おや? 何か音がしたと思ったけど」
おばちゃんが周囲を見回すが、何も見つけられない。
この隙に、おばちゃんから離れていくオロチなのである。
『よし、潜入成功である。この建物は余が建てさせたものだからして、間取りはよく知っておるのだ』
向かうは一直線、魔法学院の院長室である。
するするとオロチを進ませ、学院の二階へとやって来た。
建物の中には、何人もの魔法使いが歩き回り、声高に魔法研究の成果を話し合っている。
それと、最近の状況に関する愚痴とかな。
ほうほう、まだゼニゲーバ王国は、魔法学院への出資を渋っておるのか。
それでも余がムッチン王子を脅したからか、昔よりは増えていると。
他国が戦で疲弊している今、魔法研究の最前線はこのゼニゲーバ王国魔法学院であるぞ。
がんばって研究に励むのだぞ、若き魔法使いたちよ。
余は心の中で魔法使いたちにエールを送ると、院長室へ急いだ。
『ふむ、やはり魔法障壁が張られておるか』
到着した院長室は、壁の中に魔法の障壁が張られていた。
これによって、外部からの攻撃や、あるいは盗聴などを防ぐことができる。
だが、中の事が知りたい余としてはこの障壁は邪魔だ。
『オロチよ。貴様の体を通して魔法を使うぞ。ちょっとビリッとするぞ』
『どうぞどうぞ!! 魔王様からの魔法なんて、ご褒美です!!』
そうかー。
だが、効果は最小限にしておこう。
オロチも一応、大事な余の使い魔だからな。
余がオロチに纏わせたのは、魔法の
名づけて、
魔法的な守りだけを、ピンポイントで穿つマニアックな魔法だ。
余のオリジナルである。
これで魔法障壁に食い込みつつ……穴を開けた後ろの障壁をそっくり同じように作った障壁で塞いでいく。
障壁には警報が仕掛けられているようであるが、それが反応する前に穴を開けて通り抜け、元通りにする職人技である。
あっという間に、オロチは部屋の中へと入り込んでいた。
『はぁ~……! 魔王様の魔法がわたくしの体を通して出るなんて! ビリビリっと来ました、身も心も!』
『貴様が元気なようで何よりである』
部屋の中に感じられるのは、魔力の反応が三つ。
一つは魔導師アンスガー。
もう一つは学院長のものであろう。
こやつの事も、余はよく知っているからな。
そして最後の一つ。
これに、余はかなりびっくりした。
『は? なんでこやつがここにおるのだ』
そこには、先日のゼニゲーバ王国で、余を睨みつけていた男が座していた。
そしてこの男から感じる魔力は、余のよく知ったものだったのである。
『十二将軍ガーディアス。貴様、死んだはずでは?』
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