第87話 魔王、ベリアルと相談する
「ぶっちゃけどうであるか?」
「おお! 我が偉大なる魔王よ!! 順調です」
翌日、平原へと移動した余たちである。
オロチは向こうに置いてきた。
この先の戦いについてこれそうもないからな。……ではなく、先輩として操られたヒドラのお世話を命じたのである。
いざとなれば、ガルーダが引っ掴んで連れてくるであろう。
「確かに、あのゼニゲーバが軍を組織しているとは……。必死であるな」
「この平原を抜けられたら、ゼニゲーバ王国の王都が襲われますからな。それは金の亡者であっても必死になるでしょう。それと、かの国の王族や有力な商人たちにちょっとレクチャーを致しまして」
「ほう」
「魔王様の遠大なるお考えと、魔神の脅威を。具体的には、このままではゼニゲーバ王国が一人負けしますぞ、と伝えたのです」
それは必死になるであろうな。
向こうでは、ユリスティナが王国の首脳陣に挨拶に行っている。
ムッチン王子、ちょっと逃げ腰であるな。
「な、なーにをしに来たのだユリスティナ王女……! ボクチンと君は、もう婚約を解消したはず……! だからボクチンに手出しをするな……しないでください」
おお、ヘタレておる。
以前、ユリスティナが目の前でオロチをぶっ飛ばしたからな。
あれほどの火力がある娘だと思っていなかったようで、ドン引きしたのである。
ユリスティナの魅力の半分はあの火力であろうに。
「どうして怯えているのだ、ムッチン王子。私はそなたに加勢しにやって来たというのに」
「あ、あー、加勢、加勢ねー。分かってた。ボクチン分かってましたよー」
「うむ。私はムッチン王子を見直したぞ。まさか、王族のそなたが自ら最前線に立つとは……!」
「あ、いやー、平原国家に攻め込まれてしまって、もう王都が最前線になりかけてるんですがー」
なに、やられておるではないか。
「ベリアル、結構まずい状況なのではないか」
「はい。私が王族と商人の皆さんを説得している間に、なかなか大変なことになったようですな! ちなみに、平原国家が各地域を征服する際、国民はこちらに向かって逃しています。ゼニゲーバ王国の国庫から物資を出させていますので、彼らの資材は順調に目減りしていっていますね」
「ほうほう。では、これで戦に勝ってもゼニゲーバが世界に対し、経済で一人勝ちすることは」
「ありません」
「さすがであるなベリアル」
「フフフ、お褒めに与り恐悦至極」
全て計算通りということであろう。
ベリアル、一見してポンコツのようであるが、ただのポンコツがあの魔将たちをまとめられるわけがない。
「遊牧民の軍勢は、最後の仕上げとして王都に攻め寄せてくるでしょう。まずは降伏勧告の使者がやってまいりますな。ほら来ました」
使者がやって来る時間まで想定済みであったか。
仕事ができる男である。
ベリアルに任せておくと、大体仕事は片付いてしまう。
だが、余が魔王であった時期、この男には任せきりにできぬ理由があった。
それは……。
「やあ使者殿。私がゼニゲーバ王国ならびに諸国連合の相談役を勤めているベリアルだ」
ベリアルはあの執事然とした姿のまま、平原国家の使者と話し合いを始める。
向こうの要求は全面降伏である。
これに対し、ベリアルは笑いながら要求を突っぱねた。
「何をおっしゃる。これから敗れ去る国家に降伏する者がおりますかな? むしろ降伏すべきはあなたがただ。これまでろくな抵抗も無く、各都市を略奪してきたようだが、それが我らからのはなむけであると、もしや気付いていなかったのかね?」
ベリアルの返答に、激怒する使者。
彼はぷりぷりと頭から湯気を立てながら戻っていってしまった。
これを見て、ムッチン王子ならびに、ゼニゲーバ王国に協力する諸国の代表が真っ青になる。
「なな、なんてことを!」
「平原国家が本気になったらどうするのだ!」
ベリアルはけろっとしたものである。
「どうするもこうするもございませんな。殲滅すればよろしい。皆さん、このホーリー王国から買い上げた、大量の自動馬車がなんのためにあると思っているのです」
「な、なんのためなのだ」
ムッチン王子が、震える声でベリアルに尋ねる。
四魔将の筆頭である男は、にやりととても邪悪な笑みを浮かべた。
「許容量以上の魔力を注ぎ込めば、これの魔力機関は大爆発を起こすのですよ。そしてゼニゲーバには多くの魔法使いがいる。彼らが限界まで魔力を使い、自動馬車をあちらに走らせて次々に大爆発させればよいのです。爆発と炎で、馬は弱り、人は多くが戦えなくなるでしょう。平原も燃え上がる! 馬が走れぬ平原国家など、怖くもなんともありますまい!」
こやつ、素だととっても邪悪なのだよなー。
魔王軍で誰よりも魔族らしい魔族なのである。
余のストッパーがなくなるとこうなる。
「ザッハ、いいのか!? ベリアルがとんでもない作戦を実行するようだが」
「ゼニゲーバ側の損害はほとんどなくなる策ではあるな。後で余が走り回り、倒れた馬やら遊牧民を復活させねばというのが欠点だが」
「我が偉大なる魔王よ! その時には私も協力いたしますよ! この作戦の目的は、殺戮ではありません。敵の魂の底にまで、恐怖と衝撃を刻み込み、二度と侵略ができぬようにするところにあるのです」
ほらー。
ベリアルが手を下せば一瞬で勝負は付くが、それでは人間からすると、何か強大なものが決着をつけてしまったという印象しか残らない。
あえて人間同士にやらせて、トラウマを残させる作戦を考える辺り、大変ベリアルは邪悪である。
「では諸君!! 作戦を実行しましょう! 勝利は我らのためにある! ゼニゲーバ王国が大枚をはたいて購入した自動馬車の有用な使い方です! 魔法学院の諸君、頼みますよ」
ついに作戦決行である。
自動馬車が走り出し、向かってくる騎馬の群れに突っ込んでいく。
どれだけ矢が放たれても、自動馬車には通用しない。
魔法機関に矢が届かないよう、藁がぎっしり詰め込まれているのだ。
ということで、ベリアルの作戦通りの事が起こった。
平原の只中で、次々に爆発が起こる。
馬や人の悲鳴が途切れることなく聞えた。
うわー、一番凄惨な戦場になっちゃったな。
平原は燃え上がり、不自然に吹き付けてきた風にあおられて炎を拡大していく。
平原大炎上である。
これに乗じて、耐火装備をした兵士や魔法使いが戦場に突っ込んでいく。
少しすると、平原国家の偉い人たちが捕らえられ、連れてこられた。
みんな煤で真っ黒な顔をしておる。
「これはひどい。邪悪だなー」
「お褒めに与り恐悦至極」
ベリアルが大変良い礼をした。
戦争、一瞬で終わったな。
今度ホーリー王国に戻って、魔法機関の出力にリミッターつけさせねば。
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