第86話 魔王、オロチの報告を待つ

 日暮れの頃合いで、パズスとガルーダがジパン側の神々を大体やっつけたようである。

 余はそこにトコトコ近づいていって、魔神と繋がっている魔力の糸を断ち切っていく。

 しかし、ジパンというところは小さい神が多い国であるなあ。

 強かったり弱かったり、自然現象を象徴していたり、あるいは背中が痒いのを象徴していたり、ピンからキリまで色々な神がいるぞ。


 そして、神々を開放したと同時に、戦争も終わったようであった。

 戦場を包んでいた熱気のようなものが、急速に薄れていく。


「思っていたよりもあっさりと終わったな。昨日の戦では、私たちが出ねばどうしようも無かったが」


「魔将が三人も参加しておるからな。普通なら一国が一日持たずに落とされる数であるぞ? これでも時間が掛かったほうだ。ちなみに我らが手を下さずとも事が成ったことを指しているならば、それはまさに、魔将が三人いたお陰である」


「敵にすると恐ろしいが、味方にすればこれほど頼もしい者もいないな……」


「そうであろう、そうであろう。というか余としては、我が軍団を相手にして人間があそこまで持ちこたえたことが凄いと思うのだ」


「必死だったからな……。あの時敵だったお前と、こうして肩を並べて赤ちゃんを育てていると言うのは、不思議な気持ちになるな」


 ユリスティナは優しい目をしている。

 見つめる先には、ぽてぽてとあちこち歩き回るショコラの姿。

 ここはまだ、海岸に設けられた帝国軍の陣地の中なのだが、兵士たちはすっかり気が抜けたようになっている。

 疲れた様子の彼らからすると、赤ちゃんがトコトコ歩き回っているのは大変癒されるようだ。

 皆、ニコニコしながらショコラに声をかけている。


 ショコラは人見知りしない子なので、兵士に声を掛けられると、


「ピャー」とか、「マウー」とかあいさつを返している。

 おっ、何かもらっているな。

 干し肉か。

 あれは塩気が多いからいかんぞ。

 余がダッシュで近づき、干し肉に魔法をかけた。

 塩分を減らす魔法である。

 ショコラを育て始めてから開発した、オリジナルの魔法だ。

 全ての食品に含まれる塩分濃度を、赤ちゃんが摂取しても問題ない程度まで薄くすると言う効果がある。

 大変コントロールが難しい魔法であり、これを使えるのは余の他には、ベリアルにパズス、そして弟子のチリーノだけである。

 今度ボップにも教えてやろう。

 あやつもじきに必要になろう。


「ンマママー」


 干し肉をぺちゃぺちゃしゃぶり始めるショコラ。

 何かを食べる時は、どっかり腰を下ろす主義の赤ちゃんなのだ。

 兵士たちの中に堂々と座り込み、干し肉を食べる。


「可愛いなあ」


「俺も帰ったら、かみさんとガキに家族サービスしねえとな」


「俺は戻ったら彼女と結婚するんだ」


 戦争が終わったと言うのに、今からフラグを立てようとしている者がいるな?

 ともあれ、兵士たちから優しく見守られつつ、ショコラはいろいろなものをもらい、余の荷物が増えていくのである。


「ショコラはどこに行っても人気だな。うちの子が愛されていてうれしい」


 ユリスティナがニコニコする。


「うむ。この年から、男たちからたくさんの貢物をもらうとは。ショコラは魔性の女であるな……。末恐ろしい」


 当のショコラは、色々なプレゼントを食べ終わり、すっかりお腹いっぱいだ。

 すると、眠くなるのがショコラである。

 ほわわわわ、とあくびをした。


「兵士諸君。ショコラはそろそろおねむである。お付き合いありがとう」


 余が礼を言い、ショコラを抱き上げる。

 すると兵士たちは、口々にショコラにおやすみを言うのである。

 優しい世界だ。

 と、ショコラがすっかり寝てしまった頃、海辺が騒がしくなった。

 何かやってくるらしい。

 何かと言えば、今来るものはオロチしかおるまい。


「魔王様ーっ!!」


 ほらやっぱり。


「オロチ、シーッ。ショコラが寝たところである」


「あっ」


 兵士たちの間を、意気揚々と歩いてきたオロチ。

 全身ずぶ濡れであるが、手には緑色のしおしおっとしたものをぶら下げておる。

 しぼんだヒドラかな?

 オロチは世に言われた通り、口をつぐんだ。

 そして……。


(魔王様! 見事に討ち取って参りましたわ! あ、もちろんとどめはさしておりませんわよ)


(念話か。良い選択である! そしてでかした。やはり魔神と繋がっていたであろう)


(ええ。魔力で編まれた糸のようなものがついておりましたわね。それから一つ。あの糸、魔神に操られた者たちがどこかに攻め込めば攻め込むほど、あちらの世界から魔神を引っ張り出すようになっていましたわよ)


(ほう!)


 初耳である。

 余の場合、ただの操り糸かと思ってサクサク切断してしまっていた。


(夜にでも情報をお伝えしますわね! ですから、わたくしと二人っきりで……)


 こやつ、何か企んでおるな……!?

 ちょっと身の危険を感じたのである。

 余はしおしおになったヒドラを受け取ると、水の魔法を使ってふやけさせた。

 よしよし、普通の蛇くらいの大きさになったな。


「ヒドラよ、記憶とかはあるか?」


『すみません魔王様、ありません。わたし、ジパンの神々といっしょにまとめて操られた感じだったので……』


「そうか。魔神めも、少々雑になってきておるようだな」


 今のところ、魔神がこの世界に手出ししようとしているのを、片っ端から潰していることになる。

 やつは焦っているのかも知れぬな。

 さて、最後は平原の戦争をさっさと終らせることにしよう。

 これで、魔神もこちらに手出ししてくることはできなくなるだろう。

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