第85話 魔王、全部オロチでいいんじゃないかなと発する
いよいよ、群島国家ジパンと帝国の戦争が始まった。
帝国側の船が次々に出向し、ジパンの船とやり合い始める。
弓矢、魔法が飛び交っておるな。
そして、ジパン側からは緑色の巨大な蛇が姿を現した。
首が幾つにも分かれており、それぞれの口から、真っ赤な舌が炎をまといながら出入りしている。
魔将軍ヒドラである。
さらに、ヒドラのもとには強い魔力を纏った無数の人影。
ジパンに住まう神々であろう。
たくさんおるなあ。
「ザッハ、オロチがいったぞ」
「ほうー」
オロチは怒りのあまり、鱗を真っ赤に染めている。
上空を駆けるオロチに、下からは次々に矢や魔法が打ち込まれてきた。
だが、まああんな豆鉄砲ではオロチの鱗は貫けぬな。
「あっ、神々の群れに飛び込んだ。うわー」
ユリスティナがちょっと間抜けな声を出す。
オロチの体当たりで、神々が「うわー」とか言いながら吹っ飛んでいったからな。分かる。
巨体が海面に落ちたので、大波が起こったぞ。
ジパン側も帝国も、船が大波で揺さぶられて戦うどころではない。
そしてその中、鎌首をもたげたオロチと、向かい合うヒドラ。
大蛇二頭が威嚇しあっているではないか。
「うーむ、全部オロチに任せておけばいいんじゃないかな」
「それはダメだろう、ザッハ。ショコラの教育にも悪いぞ」
そう言われてしまっては弱い。
腕の中で、不思議そうに余を見上げるショコラを見ると、むくむく頑張らねばという気持ちが湧いてくるのである。
「よーしショコラ。余、ちょっといいところ見せちゃうぞ」
「マウー?」
ショコラを抱っこしたまま、余は宙に舞い上がるのである。
そして、元の姿を
周囲に残っていた帝国軍の兵士が、アッと叫んで固まった。
「久々に魔王様が真の姿を現してますなあ」
「うむ、神々しいお姿よ」
下の方で、パズスとガルーダが何やら感想を言い合っている。
この姿に戻ったのは、理由があるのだぞ。
余はすうっと息を吸い込んだ。
『この場にいる者よ、聞くが良い。余の名は元魔王ザッハトール。かつて世界に覇を唱え、世界征服寸前まで行ってしまった者である……!! 今は故あって赤ちゃんを育てて……』
「ザッハ、ザッハ! 話が変な方向に行ってる」
ユリスティナに突っ込まれ、余はハッとした。
いかんいかん。
『この場にいる者よ。貴様らは、己の意思でこの戦いに臨んではおらぬ。貴様らは操られておる。疾く、戦いを止めよ。無益な戦である』
言葉とともに、魔闘気を放つ。
ショコラを抱っこしたまま、海の上をすいーっと滑っていく余。
荒れ狂う大波も、余の前では凪に変わる。
むっ、矢を射てこようとするものがいるな。
『やめよ』
余は放っていた魔闘気の濃度を上げた。
これに触れた人間たちの動きが止まる。
魔闘気に絡め取られたのである。
『ショコラに当たったら危ないであろう』
「マウー?」
『そうだなー危ないなー』
「マウマウ、マ、ピャー」
『あっ!!』
「どうしたザッハ!」
『まずいぞユリスティナ! ショコラがおしっこをした』
「早くショコラを戻せ!」
『うむ!』
鎧を纏ったユリスティナが、ショコラを受け取るためにふわーっと空を飛んできた。
この娘、ジャスティアーマーを着ていると自在に飛べるのだな。
そして、ショコラを受け取る。
そんな我らの動きを、戦場中がポカーンとして見つめている。
「俺たちは今、何を見せられているんだ……?」
「戦場で、おむつを替え始めたぞ……!! くっ、う、動けん! おむつを替え終わるまで、見ているしかないのか!」
戦場中から色々と声が聞こえてくるな。
『貴様ら、レディのおむつ替えを見るとは何事か』
余は魔闘気の応用で、戦場にいる全ての人間の目を塞いだ。
みんなパニック状態になったようである。
「魔王様、神の軍勢が戻ってくるんで、ちょっとおいら、やっつけに行ってきますわ」
『うむ、任せたぞパズス』
「ではガルーダも参りましょう」
『色々世話をかけるな、生まれたばかりなのに』
「ははは、それは言わぬ約束です」
奇しくも、魔将三人と魔神の尖兵たちのぶつかり合いとなった。
数では向こうであろう。
だが、即席で仕上げた尖兵程度に、余の手勢は負けぬぞ?
パズスの雷が、ガルーダの風が神々の軍勢を打ち据える。
おっ、神が一柱抜けてきたな。
それを、替えたばかりのおむつを握りしめたまま、ユリスティナが殴り倒した。
「それ、人間のいいところを見せてやれ! お前たちも行くがいい!!」
ユリスティナの大声が響き渡った。
帝国側の兵士たちが、また動き出す。
おっと、目隠しを外しておかねばな。
ショコラのおむつはもう新品になっている。
「ピャアー」
『おお、さらさらのおむつ、気持ちいいかー』
「ザッハ、さっきから戦場中にショコラのおむつ交換を伝えながら喋っていないか?」
「あっ、いかん!」
余は慌てて、拡声の魔法を解いた。
帝国とジパンの軍勢がぶつかり合っている。
死んだ者たちを蘇らせる準備をしておかねばならぬな。
その機会も、すぐにやって来るであろう。
この戦争の決着は、日暮れまでにつく。
なにせ、戦場の真っ只中で、二頭の大蛇が戦っておるからな。
オロチ対ヒドラ。
魔将対魔将軍。
一見するといい勝負である。
ヒドラではオロチに勝てないが、魔神から力を与えられて強化されている。
おかげで互角に持ち込めているようである。
オロチは頭に血が上って原始的な戦いをしているため、本来の持ち味を出せていない。
『ええい! ちょこざいな!! 力ばかり強くなって、生意気ですわーっ!!』
すっかり冷静さを失っておる。
だが、怒り心頭で戦い方が雑になっているオロチとは言え、付け焼き刃で強くなったヒドラでは及ばぬものがある。
それは、体力である。
オロチは現在の全力を出したまま、夕方くらいまでぶっ続けで暴れることができる。
ヒドラはどうかな?
うむ。
ヒドラはだんだんバテてきているようだ。
オロチが押し始める。
「よし、オロチ、行け。そのまま押し切るのだ!」
『魔王様!? おおおおお! 魔王様の声援があれば百人力ですわああああああっ!!』
オロチのテンションが上った。
押され気味になりつつあったヒドラが、一気に押し込まれていく。
おっ、このままなら、ジパンまで押し戻されていってしまうな。
「オロチよ。このまま行けば勝てそうであるな」
『今のわたくしは無敵ですもの! 余裕ですわ!』
「よしよし。では、魔神とヒドラのリンクを切るやり方を教えよう。魔神めは魔力の糸を使って尖兵を操っておる。まずはヒドラを倒すのだ。その後、糸のようなものを探せ。それをぷつっと切ればよい。夜までに戻ってくるのだぞ」
『かしこまりましたわー!!』
オロチから、元気な返事が届いた。
さて、後は帰ってくるのを待つばかりである。
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