第84話 魔王、引き継ぎを終えて次に行く

「ということで、戦後の処理は任せたのである。分からない事があれば、三日に一度ガルーダが来るから聞くようにな」


「はい、ありがとうございます!」


 沿岸諸国の王たちへの引き継ぎを終えた。

 戦後の賠償金などは取らないようにし、そのかわり恨みっこなし、ということでバイクーン王国は帰らせている。

 沿岸諸国には、戦争で人を集めた分、余のポケットから換金できる魔法の道具などを与えた。

 これで漁師たちの給料は十全に賄えよう。


「貴様ら、着服したら余が来てお仕置きするからな?」


 一応、諸国の王たちに念を押しておく。

 余の戦いぶりを見ていた彼らは、真顔になってコクコクとうなずいた。

 さて、これで終わりであるな。


「ユリスティナ、次に行くぞ。諸国の奥様方、ショコラのお世話をありがとうである」


 余が手を振ると、ショコラの面倒を見てくれていた奥さんたちがにこやかに手を振ってきた。

 歴戦の奥さんたちである。

 じつに頼りになる。


「よし、行くか!」


「ピャア!」


 ユリスティナの宣言に、ショコラが元気なお返事をした。

 ……なにか手に持ってしゃぶっておるな。


「ショコラ、それは何だ?」


「干したイカらしい。ショコラがすっかり気に入ってしまったようだ」


 茶色い干しイカを、ぺちゃぺちゃしゃぶるショコラ。

 奥さんたちが、赤ちゃんサイズにカットしてくれたようなので、喉に詰まらせる心配もないようである。


「変わったものを好きになる子であるなあ。甘い物以外もいけたのか」


「ショコラは何でも食べるからな」


 それは良いことである。

 そして我ら一家はまた旅立つのだ。

 ワールドトリップが展開する。

 空に舞い上がった我らは、センター大陸を斜めに渡っていくことになった。

 あっという間にベーシク村を通り過ぎ、やがて平原が見えてくる。

 ホーリー王国、ゼニゲーバ王国。

 ほう、平原には馬に乗った大群がやってきているではないか。

 これが平原王国の連中か。

 だが、我らの行先はここよりもさらに遠くなのだ。

 平原を渡りきると、山岳地帯である。

 これをさらに超えて、センター大陸極東の平野へ。

 こちらにはそれなりの大国があったのだが、平原王国に押されていてかなり縮小している。

 この国と、パズスが組んでいるのである。


「到着である」


 帝国と名乗っている、極東の国に降り立った。

 場所は海べり。

 帝国の軍隊が集まっている。

 余とユリスティナがいきなり出現したので、みんな慌てて武器を構えた。


「出迎えご苦労である」


「お、お前は何者だ!!」


 将軍らしき壮年の男が問う。


「余だ。そこに、余が遣わした魔将がおろう?」


「魔将……パズス殿とガルーダ殿か!」


「おーい、魔王様ー!」


 軍隊をかき分けて、甲冑を身に着けた紫の髪をした男が走ってくる。

 小柄で、すばしっこい印象である。


「……誰?」


 首をかしげるユリスティナに、余は教えてあげた。


「パズスである」


「えっ! あのお猿、人間の姿を持っていたのか」


「それはそうであろう。もともと人間に近いのはブリザードとフレイムくらいであるぞ? 全員、人間に近い姿は持たせてある」


「そうですわー。いやいや、魔王様。こっちの準備は完了してますぜ。地方とか軍閥とか、色々抵抗勢力はありましたけど、さっくり一掃しておいたんで!」


「でかしたぞ、パズス」


「お褒めに与り、恐悦至極で!」


 周囲の軍人たちは、パズスに対して恐れに近い感情を抱いているようだ。

 このお猿、子どもと遊ぶばかりが能ではない。

 むしろ、謀略や人心掌握、洗脳などと言った魔法を使って単身で国を侵略するのが真骨頂である。

 元は余が戦ったとある国で、神をやっていた魔物であるからな。

 打ち倒した後、余はこやつを使い魔として作り直したのだ。


「魔王様。パズス殿の腕前はさすがですな。このガルーダ、手助けすることは僅かしか残っておらず、困ってしまいました」


 軍人たちからガルーダが歩み出て、ははは、と笑った。

 余も、ぐはは、と笑う。

 パズスは、ウキキ、と笑った。


「お前たち、とっても悪そうに見えるぞ」


「そりゃ悪いですよ。あっしら、魔王軍ですもん」


「そうだった……。だが、これほどの大国を、パズス単身で侵略してしまうとは……。お前たち、あの大戦で本当に全力を出していたのか?」


「あっしはですねー。こう、全力で一割くらいの力に抑えるように……」


「こらパズス! それは秘密である」


「あっ、いっけね!」


 パズスがてへぺろした。


「で、ですね。ぶっちゃけ魔王様がたがいらっしゃったのが、ギリギリでしてね!」


「ギリギリであったか」


「ギリギリだったんですわ」


「魔将軍ヒドラが地元の神様も抱き込んでおりましてな。魔神パワーで強化されまして、その様相はまさしく神の軍隊。帝国の海軍は鎧袖一触で壊滅させられました」


「あちゃー、間に合わなかったか」


 さすがに向こうの手数が多いであるな。


「ほら、見えてきましたよ」


 水平線を指差すパズス。

 そこには、ずらりと並んだ船の数々。

 魔神が揃えた、異郷の神々の軍隊である。


「あれ全部魔神が操っておるのかー。本気だの、あやつ」


「まあ、ジパンの神々は小神が多いですからね。一番厄介なのは強化されたヒドラでしょう」


「ヒドラめは、オロチのフォロワーであったからなあ。勤務地の希望を聞いて、オロチの後釜としてジパンに配属してやったのだが、それがこのようなことになるとはなあ」


「魔神にヘッドハンティングされちまいましたねえ」


「仕方あるまいなあ」


 我らがわいわいと喋っていると、余のポケットがもぞもぞと動き出すではないか。

 なんだなんだ。


『仕方なくなんてありませんわあーっ!!』


 びょーんと飛び出してくる、小さい蛇。


「ピャー!」


 ショコラがそれをキャッチする。


『きゃー!』


 オロチであった。


「……そなた、ベーシク村にいたのでは?」


『使い魔の控室を通して、魔王様のポケットに潜んでいたのですわ!!』


「いつの間に」


『そんな事より、わたくしの後任でやって来たヒドラがとんだ不始末を……よよよよよ。この始末は、わたくしの手で付けてやりますわあっ!!』


 ショコラの手からにょろりと抜け出し、いきなり巨大化。本当の姿を現すオロチである。

 帝国軍から悲鳴が上がる。

 空に舞い上がるオロチ。

 巨大な蛇が、やってくるジパン軍めがけて突き進むのだ。

 これはなし崩し的に開戦してしまうであるなあ。

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