第83話 魔王、サクサクと片付ける
大船団の旗艦めがけて降りていくユリスティナ。
彼女は、船長室がある一段高いところに着地すると、落下の勢いでそこを粉々に砕いた。
飛び散る木片、そしてそれらを一瞬ではねのける聖なるオーラ。
「聖騎士ユリスティナである! この侵略は、バイクーン王の意思か! それとも、王を傀儡とした魔神の意思か!」
ジャスティカリバーを、バイクーン王に向けながら口上を放つ。
大変見栄えがいいのである。
やっぱりあやつ、こうして聖なる戦いに身を置いている時が二番目くらいにキラキラしているな。
一番目はショコラに寝起きとかお出かけのちゅっちゅっ、をする時である。
ショコラ、ほっぺにちゅっっちゅっとされると、「ピャウー」と嫌がって逃げようとするのだよな。
しかしそこは歴戦の聖騎士ユリスティナ。
ショコラのむちむちほっぺを逃しはしないのだ。
あやつのちゅっちゅっ、は余よりも数段上であるからな……!
恐ろしい女よ……!
おっと、ちゅっちゅっ、の光景を思い出していたら、その間にユリスティナが海賊兵たちを一発で蹴散らしていた。
わーっと押し寄せたところを、ジャスティシールドごと聖なるオーラを纏って体当りし、正面から全員海に叩き込んだのである。
格が違いすぎるのであろうな。
残るのは、魔神のオーラに包まれた、明らかに邪悪な見た目になっているバイクーン王。
あとは王を守る強そうな海賊兵が数人。
「覚悟せよ、バイクーン王。ザッハから聞いて、魔神に操られたものはけちょんけちょんに叩きのめさないと正気には戻らないと聞いた。故に、今からあなたをけちょんけちょんにする!!」
「な、なんだと小娘がー!」
強そうな海賊兵が、斧やら斧槍を構えてにじり寄ってくる。
ユリスティナよりも一回りも二回りも大きい男たちなのだが、さっきこの姫騎士が、そんな海賊兵をまとめてぶっ飛ばしたのを見ているのでさすがに腰が引けている。
この娘、腕力だけならオーガと腕相撲をして勝つからな。
『ゆけい』
バイクーン王が、エフェクトのかかった声で命令した。
凄く悪そうである。
その声に押されて、海賊兵が襲いかかってくる。
振り下ろされる斧や斧槍。
だが、ユリスティナは盾を構えもしない。
ジャスティカリバーを握った拳で、斧を真っ向から迎え撃った。
斧の刃がひしゃげて潰れる。
斧槍を頭突きで迎え撃つ。
斧槍の先端がめちゃめちゃに曲がって使い物にならなくなる。
ユリスティナは無傷である。
「ひぃー」
「きゃあ」
海賊兵たちが甲高い悲鳴を上げた。
そんな彼らの胸ぐらをつまみ、ぽいぽいっと海に放り込むユリスティナ。
残るはバイクーン王だけとなった。
『てめえ……俺の覇道を邪魔してるんじゃねえ』
「それがそなたの意思であれば尊重しよう。だが魔神に操られての行為ならば看過できぬ! 魔神のおたんこなすと言ってみよ! 言えたら見逃す」
これは、余があらかじめユリスティナに授けた、魔神の使徒を見分ける方法である。
使徒は魔神の狂信者になっているので、魔神を馬鹿にするセリフを言えないのだ。
『てめえ、何を言ってやがる……!』
「魔神のおたんこなすと言え!! 言えないか!」
『ぐぬっ、ま、ま、魔神のおたん……』
その瞬間、バイクーン王の全身に電撃走る!
『ぐおおおーっ! も、申し訳ございません魔神様ーっ』
「やはり魔神に操られていたな! 天誅!」
確証を得たユリスティナ、バイクーン王に襲いかかる。
バイクーン王は、慌てて手にした斧で攻撃を受け止めた。
魔神が授けたっぽい、血の色に輝く斧である。
だけど、ジャスティカリバーがこれをパカーンっと叩き割った。
『うわーっ』
「そいっ!」
ジャスティカリバーの腹で、バイクーン王の顔をひっぱたくユリスティナ。
『げぴいっ』
鼻血を吹いて、バイクーン王は白目を剥いたのだった。
恐らく、十二将軍程度の強さはあっただろう。
だが、よく分からないが凄く強くなっているユリスティナの敵ではなかったな。
一方、余である。
「クラーケン正気に戻れパーンチ」
『ウグワーッ!!』
「クラーケン余の顔を見忘れたかキーック」
『ウグワワーッ!?』
「クラーケンそろそろ思い出してきたのではないか……ジャイアントスイーング」
『ウグワワワーッ!!』
余はクラーケンをぺちぺちと叩いて蹴って、最後は持ち上げてぶんぶん振り回し、海面にぺいっと投げつけた。
ピシャーンッと水面に跳ねるイカの巨体。
そのまま、ばちーんっ、ばちーんっ、ばちーんっ、と水面を切ってぶっ飛んでいった。
飛び石のようであるな。
凄く遠くで、クラーケンがハッとした目になる。
『あれっ、魔王様!? 俺は一体今まで何を……』
「魔神に操られていたのだ……!」
『ぎえーっ! このクラーケン、一生の不覚ーっ』
「良い良い。過ちを犯したと分かったら、次は繰り返さぬよう気をつければいいのだ」
『おお……魔王様ァ』
イカの目にも涙である。
その間に、余はクラーケンとバイクーン王を操っていた、魔神の魔力の糸をちょん切る。
どこかから、魔神の悔しそうなうめき声が聞こえてきた。
バイクーンの大船団も、ほとんどは戦闘不能になった。
海は凍りつき、武器や帆は焼き尽くされ、船に閉じ込められた海賊兵は漁船に包囲され、すっかり降参モードである。
ブリザードとフレイムが本格的に参戦すれば、大体このようなことにはなろうな。
魔将クラスの魔族には、軍隊で当たっても勝てぬので英雄をぶつけるべきなのだぞ。
というわけで、海戦は半日ほどで終わった。
死者はそれなりに出たようであるので、余はまず、海から死体を全部引き上げた。
それを範囲復活魔法で生き返らせる。
ただし、戦えない程度にダメージは残しておく。
そして海賊兵は船に詰め込み、
「良いか貴様ら。このように、しばらくはセンター大陸に攻めてきても割に合わないことしかないぞ。漁業や交易に励むがいい」
と、海賊兵たちの脳内に直接囁いた。
恐慌状態になった海賊たちが逃げていく。
『さすがは魔王様ですなあ……。あっ、ブリザード様、フレイム様、ご無沙汰しております』
巨大なイカが、ペコペコと魔将にえんぺらを開閉させる。
「ご苦労さま」
「クラーケン、お前操られてたのか! だせえなー!」
恐縮するクラーケンに、余は指示を与える。
「クラーケン、貴様はこの海を監視していよ。まだ人間は人魔大戦の傷から立ち直ってはおらぬからな。それまではここで監視業務だ」
『ははーっ、かしこまりました!』
命令を受けたクラーケン、海へと帰っていく。
「終わったのか? おー、ショコラ、ずっと留守にしててごめんねー」
ショコラを抱っこしたユリスティナがやってきて、早速ちゅっちゅっとやっている。
「ピャウー!」
じたばたしながら、ちゅっちゅっから逃れようとするショコラ。
ショコラのほっぺはむちむちふわふわであるからな。
気持ちは分かる。
「ユリスティナ、ここが片付いたので、明日は群島に行くであるぞ」
「ああ。さっさと片付けて村に戻ろう。あまり環境が変わりすぎるのも、赤ちゃんには良くないだろうからな」
ユリスティナは、ショコラに顔を押しのけられながら、真面目に返答するのだった。
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