第82話 魔王、沿岸諸国に行く

 今、世界的な戦争の危機が迫っているわけだが、ベーシク村はのんきなものである。

 それもそのはず。

 そもそも、戦争になりそうという情報が伝わってきていない。

 山奥の田舎であるからな。

 だが、この村はこれでいいのだ。

 ということで、ベーシク村を平和なままにするべく、余は旅立つのである。


「また家を空けることになる。余の代わりの仕事は勇者パーティがやってくれるので、なんでも頼むのだぞ。あと、なんかよく分からない恐ろしいものが攻めてきたら、遠慮なく彼らに退治を依頼せよ。嬉々としてやってくれるぞ」


 余が村長に言い聞かせると、彼はうんうん、とうなずいた。


「分かりました。しかし驚きましたなあ……。まさか本物の勇者一行が、こんな田舎の村に滞在なさるなんて」


「余のコネであるな。この機会にいろいろなお話を聞くが良い。下手な吟遊詩人よりも臨場感ある冒険譚が聞けるぞ」


「それは楽しみですな!」


 さて、村長への引継ぎは終わった。

 ユリスティナとショコラを連れ、またワールドトラベルで移動することになる。

 向かうは沿岸諸国。

 相手は海洋国家バイクーンである。


「ショコラチャン、イッテラッシャーイ!」


「ショコラちゃんおみやげよろしくね!」


「こらっ」


「いたーい!」


 お見送りの小さき人々と、もっと小さき人々、あとは赤ちゃん軍団である。

 チロルの横で、チリーノの妹がおみやげを要求し、兄にごつんとされた。


「ははは、土産話を用意しておこうではないか」


「先生ほんとう!?」


「やったー!」


 我が弟子たちが喜ぶ。

 そしてショコラもまた、赤ちゃんたちと一時の別れである。


「しょこあー」


「てーてー」


「マウマウ!」


 ショコラが力強く赤ちゃん語で断言すると、赤ちゃんたちはキャーッと歓声をあげた。

 何か共通認識ができあがったようだ。

 分からぬ……。


「じきにショコラも喋りだすだろう。そうなれば、何を話してたのか教えてくれるさ」


 奥さんたちとのお喋りを終えたユリスティナが戻ってくる。

 さあ、出発だ。

 余が魔法を使うと、我らの体は空に舞い上がった。

 そのまま、ショコラに負担がかからぬ程度の速度で飛ぶ。

 馬車で一ヶ月の旅を三時間で終えるくらいの、ゆっくりとした移動だ。

 ショコラは退屈になり、ほわほわとあくびをした。


「ショコラ、おねむか。寝てもいいぞ」


 ユリスティナが、ショコラを抱っこする。

 すると、我が家の赤ちゃんはそのまま、ぷうぷうと寝息を立てながら眠ってしまった。

 やがて、沿岸部が見えてくる。

 漁村が発展した国がいくつもある。

 この地から外国へ魔将軍を派遣するため、余も立ち寄った事がある。


「到着である」


 すとん、と沿岸の小国家群に降り立つ余である。


「魔王様!」


「魔王様ーっ!!」


 余の接近を感じ取っていたのであろう。

 ブリザードとフレイムがやって来た。

 遅れて、沿岸諸国の軍隊が続いている。


「おお、貴様ら、元気であったか。状況を報告せよ」


「はっ。沿岸諸国の同盟がなりました。この戦限りの同盟ではありますが、その後、戦の戦果によって漁業を行うための領域が決まります」


「競争みたいなやつですね! みんなやる気満々ですよ!」


 うおーっと盛り上がる、沿岸諸国連合軍。

 よしよし、バイクーンの一般兵は彼らに任せておけばよかろう。

 余とユリスティナが相手をするのは、魔将軍や魔神の息が掛かった尖兵たちである。


『魔王様! お早いお着きでちね!』


 ピューッとガルーダが飛んできて、余の前に降り立った。

 そして、どろんと煙を上げて姿を変える。

 そこにいるのは、白黒の翼を生やした軍装の男である。

 髪の毛が尾羽のように尖り、逆立っている。

 目つきは猛禽類のそれであった。


「このガルーダ、沿岸諸国連合軍結成の任務、完了してございます」


「ご苦労。というか貴様、そういう姿に変身するのな」


「はっ。本来はこちらが正体でございますれば」


「うむうむ。貴様を作った余が正体を知らないとか、どうなのって思ったがまあ良い。次は群島国家対策に向かえ。パズスをサポートせよ。こちらは少々遅れるかも知れぬからな」


「かしこまりました。ピピッ』


 言葉の後半から、ガルーダの姿がいつもの小鳥に変わった。

 そしてまた、猛烈な速度で東の空へと飛んでいく。


「よーし、では一つ、バイクーンの連中をやっつけるとするか! 行くぞ、貴様ら!」


 うおおおおーっと盛り上がる海の男たち。

 彼らは分かりやすくて大変よい。

 いきなり現れた余であるが、魔闘気全開である。

 一般人にだって、只者ではない事が分かる様にしてある。

 それに加えて、ガルーダが余の登場を周知しておいてくれたようだ。

 事が楽に進む。


 その後、余は沿岸諸国連合の首脳陣に会った。

 国王と王妃たちなのだが、一見して漁村のちょっとリッチなおじさんとおばさんであるな。

 王妃たちが余を見てぺちゃぺちゃお喋りをしていたので、その中に加わることにする。

 最近の漁村の話、都会の話などで盛り上がり、さらに勇者パーティのラァムとファンケルに子どもができそうだとか、そういう話で彼女たちのハートをがっちりキャッチした。

 その間、ユリスティナは諸国の王にバイクーンとの戦いについてレクチャーしている。

 おや?

 普通、役割が逆なような……。

 まあよい。


「では余とユリスティナが出掛けている間、ショコラを預かっているのだ。安心せよ。おむつさえちゃんと交換して、食べ物をたくさんあげておけばずっとニコニコしておるぞ」


「手がかからない赤ちゃんだわねえ」


 こうして後顧の憂いは断った。

 沿岸諸国の王妃たちは、自分で子どもを育てるのである。

 つまり歴戦のお母さんたちだ。

 ショコラのお世話を任せるにおいて、これほど心強い存在もない。


 そして数日して、いよいよ開戦となった。

 沿岸諸国連合から、わーっと漁船が出る。

 漁船に木の板の盾をつけたり、船首に即席の衝角ラムなど取り付けたりしている。

 一番大きな漁船には、フレイムが乗り込んでいる。


 そして、先陣を切ったのはブリザードだ。

 海面を道のように凍らせながら、バイクーンが誇る海賊船の群れに向かって突き進んでいく。

 敵はこれを見て、度肝を抜かれたようだ。

 慌てて、ブリザード目掛けて矢やら槍が降ってくる。

 これらも、魔将ブリザードが起こす吹雪に巻かれて叩き落される。

 あるいは、彼女の弟である魔将フレイムが炎の嵐を起こし、空中で矢を焼き払う。


「おっ、船が一艘氷漬けになったであるな」


「手加減しているな……。私たちとやりあったとき、あの姉弟はあんなものではなかったぞ」


「それはそうであろう。魔将の力で本気を出したら、たくさん人が死ぬであろうが。そうなったら遺恨が残るぞ」


「ザッハもいちいち考えているのだなあ」


 余の背中につかまったユリスティナが、しみじみと呟く。

 そんな我らは、上空にいる。

 バイクーンの誇る大船団を見下ろす形になっているのだ。

 そして、目的とする船を見つける。


「後ろにとびきり大きな船があるな。あれがバイクーンの王が乗り込む船だろう。邪悪なオーラを感じるぞ」


「よし来た。行くぞユリスティナ」


「ああ!」


 びゅーんと飛ぶ余。

 バイクーンの海賊兵たちが、空飛ぶ我らを見上げて口々に何か叫んでいる。

 矢を射かけようとする者もいるが、余の飛行速度が速過ぎて捉えられぬ。

 そもそも矢など、魔闘気で弾いてしまうぞ。


 おっ、大きな船の舳先に、見覚えのある奴がおるな。

 魔将軍クラーケン。

 人間モードだが、なに、すぐに正体である大イカに変身する。

 そしてクラーケンの他に、バイクーンの王が禍々しいオーラを漂わせながらこちらを睨んだ。

 あれが、今回の魔神の傀儡であろう。

 その強さはかなりのものになっていような。


「よーし、じゃあ私があの王を倒す」


「余はクラーケンな。どっちが早いか競走だぞ」


「負けないぞ!」


 船の真上で、ユリスティナは余から手を離した。


「来いッ! 我が剣、我が盾、我が鎧!!」


 ユリスティナの全身が眩い、聖なるオーラの輝きに包まれる。

 そして、余が作ったはずなのに、余が知らない飛翔能力を得たジャスティカリバー、ジャスティアーマー、ジャスティシールドがどこからともなく飛んできて、ユリスティナに装着された。

 これぞ、余の割と本気な魔闘気攻撃もかなり防いでしまう、ユリスティナの最強形態である。

 バイクーン王の目が見開かれる。

 奴は大きな斧を持って、ユリスティナを迎え撃つのだ。


 クラーケンは海に飛び込んだ。

 その姿が、一瞬で血の色をした巨大なイカに変わる。


『魔神様の敵……! 倒す……!』


「すっかり魔神に飼いならされおって、情けないやつめ。げんこつをくれてやろう」


 というわけで、センター大陸北海の戦いが始まったのである。

 ショコラが心配なので、サクサク終わらせるとしようか。

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