第95話 魔王、魔法スクールを再開する

「なんだボップ、貴様、村に残るのか」


「ああ。当座暮らしていく貯金はあるし、ここはのんびりするにはいいところっぽいしさ。後は、すげえ将来有望な魔法使いの卵が多いじゃない」


「分かるか。魔法と言うのは、誰にでも可能性が眠っておるものなのだな。子どものうちに育てねば、可能性の芽も枯れてしまうようだが」


「だなだな! ってことで師匠、俺も残ってこいつらに魔法を教えるわ!」


 余とボップ、固い握手を交わす。

 世界で一番の魔法使いと、二番目の魔法使いが魔法を教えるスクールなどそうそう無いぞ?


「ってことで、一期生だっけ? あいつらには俺がまた教えてくる。師匠が基礎を教え込んでくれてるんで、めちゃくちゃ楽だわ」


「うむ。では、余は赤ちゃん魔法スクールを開校してこよう……!」


 赤ちゃん魔法スクールとは!

 余が子ども園にて行う、年少組への魔法教育である。

 無論、危ない魔法は教えない。

 あればちょっと便利になる魔法だとか、あまりこの村では活かす使い方の無い魔法を中心に教えるのである。


「あつまれー」


 余が宣言すると、より小さき人々が、わーっと駆け寄ってきた。

 赤ちゃん軍団は既に待機している。

 後ろでは、本日の子ども園係である奥さんたちが見守っている。

 さあ、赤ちゃん魔法スクールの始まりである。


「パーパ!」


 ショコラが赤ちゃん軍団のトップにいて、手を振っている。


「うむ、今からパパがかっこいいところを見せてやるぞ。良いか、より小さき人々よ。魔法とはなんだと思うかね」


 余は質問を投げかけた。

 まだ名前を得ていないほどの年齢の子がほとんどである彼らは、うーんうーんと考え始める。


「はいっ」


「声が大きくてとてもよろしい! はい、チリーノの弟!」


「かっちょよくて、すごいパワー!」


「そうだなー。かっちょよくて凄いパワー。その通りだ! じゃあ他には?」


「はいっ!」


「もっと大きい声を出したな、はい、チリーノの妹!」


「にいちゃんがつかってるの! おかあちゃんがべんりになったーってゆってる!」


「そうだなー。便利になる力であるな!」


 余が二人のお返事にうんうんうなずくと、それを見たより小さき人々は、我も我もと手を上げ始める。

 これを、余が次々に当てて、一人一人の答えをちゃんと聞き、褒めるのである。

 全員が答えを言い終わったところで、子どもたちはみんなニコニコになった。

 奥さんたちが感心している。


「褒める教育だわ」


「なるほど、ああやって……!」


「奥さんたちよ。無論、しかる必要がある時はしかるのであるぞ? 教育とはメリハリ……!」


 ついこの間まで赤ちゃんを育てる人一年生であり、奥さんたちに教えられる立場だった余である。

 だが、余は今や名実ともにショコラのパパ。

 ここは、千年間魔王をやって来た経験なども生かし、精力的に教育をやっていく方針なのである。


「では子どもたちよ。魔法の基礎を教えよう。余を囲む感じで集まるのだ。そうそう、周りをぐるっとな。そして座るのだ」


 より小さき人々に囲まれた余。

 魔法の使い方のレクチャーを始める。


「今日、貴様らに教える魔法は、お掃除の魔法である。貴様らの家でも、うちの人がお掃除大変そうであろう」


「うん! おかあちゃん、こしがいたたーって」


「うちはとうちゃん、まいにちそとをそうじしてる!」


「うむうむ。貴様らもうちの人の仕事を手伝っているであろう。だが、子どもゆえにあまり難しいお手伝いはできぬよな」


 うんうんうなずく子どもたち。


「そこで、今日教える魔法は、ゴミを一箇所に集める魔法と、食器をきれいにする魔法である。むつかしいから、どっちか一つを選んでこれから勉強していくぞ」


 はーいっ、とよいお返事。

 余はまず、魔力の練り方、出し方から教えていくのであった。

 赤ちゃんたちはこれをじーっと見ている。

 途中で、みんなめいめいに真似を始めた。

 うーん、と踏ん張ってみる赤ちゃん、年長の子どもたちと同じポーズをしようとする赤ちゃん。

 小さい子どもも、赤ちゃんも、もともとまっさらで素直である。

 己の中にある魔力を認識できれば、すぐに魔法を使い始める。

 これ、本当に小さい頃に気付かぬと、一生使えぬままなのだ。

 ボップの場合、我流で子どもの頃から魔法は使えたようだな。あれはレアケース。


「マーウ?」


 チリーノ妹は、力を意識するよう、手のひらに集中している。

 ショコラはトテトテとその横にやって来ると、子どもたちの間にむぎゅむぎゅっと入ってきて収まった。

 そして、チリーノ妹をじーっと見た。


「ショコラちゃん、こうやって、うーんってやるんだよ!」


 まだ魔力を認識できておらぬはずだが、お姉さんらしくショコラに教えてあげるチリーノ妹。


「マウ!」


 ショコラは元気に返事をした。

 そして、チリーノ妹と同じような、集中しているむずかしい顔になった。

 ちいさい手のひらを広げて、そこに力を込めて……いるのだろうか。

 赤ちゃんであるからなあ。

 だが、次の瞬間驚くべき事が起こった。

 ショコラの手のひらに、むにゅっと、オレンジ色の光が生まれたのだ。


「あっ」


「あっ」


「ショコラチャンガ!」


 みんな集中をやめ、ショコラに注目する。

 赤ちゃん軍団も、あぶぶー、と寄ってくる。


「マムムムム……ピャー!」


 ショコラが手のひらをぶんぶん振り回した。

 オレンジ色の光が、次々に生まれてはあちこちに飛び回る。

 いきなり魔法を使ってしまうとは……!

 やはりうちの子は天才であった。

 これ、オレンジ色の光を生み出す魔法である。

 危険はない。


 ちなみにこれを見た子どもたち、今度はショコラの真似を始めた。

 意識を集中して、「とあー!」「やあー!」とか叫ぶ。

 すると、みんなの指先に、小さなオレンジ色の光が灯った。

 ショコラほどではない。

 だが、彼らは明らかに魔法を使ったのだ。


 これは、赤ちゃんであるショコラが魔法を使えたから、自分たちもやれるかも、という意識のハードルが下がったこと。

 そして一人が魔法を使えるようになると、連鎖的に魔法を使えるようになる子が出てくるのだよな、これが。

 余は、人の魔力や意識と言うものが、どこかで繋がっているのだろうと睨んでいる。

 これは研究の余地があろうな。

 そして驚くべきは……。


「あぶー!」


「きゃー!」


 赤ちゃんたちが、ふわりと舞い上がったり、目の前の地面から積み木みたいなものを生み出したりしている。

 赤ちゃん軍団が、五人ともめいめい、全然違う魔法を発現したのである。

 ぬうっ、赤ちゃん恐るべし。

 ショコラとより意識的に近いから、強く影響されたのであろう。

 後でアフターケアをしておかねば。


 ちなみに、見学していた奥さんたち。

 すっかり腰を抜かしてへたり込んでいるのである。


「う、うちの子が魔法使いになっちゃった……!」


 お宅のお子さんが混じっておったのか。

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