第19話 魔王、子どもたちを出迎える……ついでに刺客を倒す
いそいそと動き回り、廊下を掃除するユリスティナ。
何を浮かれているのだ。
一国の王女たるもの、もっとどっしりと構えているべきである。
余は彼女の働きを見ながら、肩を竦めた。
「ユリスティナ、見よ。ホストとはこのように悠然と客を待つものである」
「ザッハトール、そこまで派手に居間を飾り付けなくても。それに、その料理の数々は何だ……!? 妙に気合が入っているではないか」
卓上には、今も魔法の炎に炙られ、コトコトと音を立てる蓋付き鍋。
揚げたての状態を維持しながら、保温魔法に包まれるフライドチキン群。
「ククク、貴様が縫い物を習う中、余も奥さんたちに料理を習っておってな……!! 魔王の力を持ってすれば、この程度の料理、容易いものよ……!」
「さっき油が撥ねて『あつい!』って言ってなかったか?」
「言ってない」
油が余の予測を超えて襲いかかってきただけである。
熱くなんて無い。
「ピョピョー」
「あ、ショコラ、まだチキンは熱いからだめであるぞ」
「マーウー」
余が抱っこすると、ショコラは腕の中でじたばたと暴れた。
ちゃんと、赤ちゃん用のチキンを用意してあるのだ。
ほどよい味にした、ほぐしチキンがな。
「よし、こんなところか。見ろ、ザッハトール、この廊下の輝きを」
「ほう……!! 廊下が陽の光に照り輝いている。恐るべきお掃除の腕よ」
余とユリスティナは、不敵に笑いあった。
その時である。
扉が遠慮がちに、コンコン、とノックされた。
「どうぞー」
余とユリスティナの声が重なる。
おずおずと入ってきたのは、ブラスコの長男チリーノ。
そして、彼の弟と妹が「わーい」「こんにちはー」と言いながら入ってくる。
その後ろからは、ブラスコの妻アイーダ。
「お邪魔するよ。ほら、チリーノ! 挨拶しな!」
「こ、こんにちは……!」
「うむ、こんにちは……!!」
余はショコラを抱っこしながら、挨拶を返す。
チリーノはびくっとした。
「こんにちは。さあみんな、入っていいぞ。靴は脱ぐんだぞ」
「えー、おうちはくつ、はいたままじゃないのー」
「ないのー」
ユリスティナが屈んで、小さき人々に目線を合わせている。
頬が緩んでいるな。
「安心するんだ。この家は、靴なしで歩けるようにしっかりと床や廊下を磨いてあるからな」
「はーい!」
「はーい」
小さき人々は、ぽいぽいっと靴を脱ぎ散らかすと、「わーい!」「わいー」と廊下に上がっていった。
アイーダが、「こら、靴を片付けな!」と怒る。
「まあまあ、アイーダ。良いではないか。ところで、ブラスコは来なかったのか?」
「ああ、うちの旦那なら、真面目に門番さ。今日くらい他の村人に変わってもらやいいのにねえ」
ブラスコは、本来はベーシク村を治める、この地方の領主から派遣された兵士だ。
だが、領主の土地は遠く、さらに魔王軍によって荒らされてしまったため、兵士を通わせる余裕がない。
そのため、ブラスコが村に駐在する兵士として門番を務めているのだ。
「勤勉な男だ。どれ、パズスに差し入れを持って行かせよう。行け、パズス」
「ウキキーィ」
紫のお猿が出現し、チキンをちょうどいい量だけバスケットに詰め、頭の上に乗せた。
余に向かって、シュビっと敬礼すると、パズスは村の入口まで歩いて行ったのだった。
「よく訓練された猿だねえ……」
感心しながら見送るアイーダ。
パズスが歩いていくと、あちこちから子どもたちが出てきて、声を掛けていく。
あのお猿、すっかり子どもたちのカリスマになって来ておるな。
「ピャー! マウマーウ!」
「おお、そうであったな。よし、行くぞショコラ。今日はたっぷり遊ぶのだ」
「キャー!」
大喜びのショコラ。
余は彼女を、廊下の上に解放する。
ユリスティナ謹製の無骨なベビー服に身を包んだショコラは、猛然と這い這いを開始する。
「あ、危ない危ない」
チリーノが慌てて、ショコラを追いかけていく。
うむ、ショコラは勢いは凄いが、方向転換が苦手だからな。
這い這いしながら壁に向かって突っ込んで行ったりする。
危うく衝突というところで、チリーノがショコラを抱き上げた。
「マウー」
わさわさと動くショコラ。
チリーノはそっとしゃがみ込むと、ショコラを居間に一直線になるよう巧みに配置した。
「キャー!」
猛然と這い這いを再開するショコラ。
「あかちゃんきたー!」
「たー!」
小さき人々がショコラを迎える。
「マーウー!」
パーティの開始である。
ユリスティナがホストを務め、ショコラにご飯を食べさせつつお料理の説明などしている。
子どもたちはフリーダムだ。
説明も聞かず、大はしゃぎで料理を掴んで食べる。
そして怒るアイーダという図である。
「うう……」
一人、落ち着かない様子のチリーノ。
余は彼の隣に腰掛けた。
ビクッとするチリーノ。
「どうした? 貴様も料理を食べるがいい。余の自信作であるぞ」
「えっ……!? あ、あれ、ザッハさんが作ったんですか」
「うむ。意外か? 貴様、余の魔闘気を感じ取れているようだな。このような禍々しい気を放つ存在が、地域の奥さんたちにお料理を習うことはおかしいと思うか?」
「あ、いや、うん。変じゃない、けど……。魔闘気……?」
「貴様が余に覚える感覚は正しい。だが、安心せよ。戦いは終わり、人も魔も闘う必要はなくなったのだ。みよ、ショコラと小さき人々が遊んでいるであろう」
ちょこんと座ったショコラが、小さき人々に手のひらを合わせる遊びを習っている。
ぎゅっと手を握って、開いて、向かい合った相手と手のひらを合わせるのだ。
ショコラは「ピャピャー!」と大喜びである。
うむ、やはり、仲間がいるというのは良いことだな。
「……ドラゴン……?」
「やはり見えておるか。だが、ドラゴンも人も無い。小さき人々はショコラと仲良くしておるし、ショコラも喜んでいる」
「うん。あいつら、ドラゴンだってわかんないのかな」
「余が掛けた幻術は、幼い子どもには通じぬことがあるようだ。見えてはいるのだろうよ。だが、貴様にはショコラが危険な存在に見えるか?」
「見えない……。っていうか、可愛いと思う」
「そうであろうそうであろう」
余はニヤリと笑った。
チリーノがびくっとする。
ふむ、怖がりな子どもであるな。
だが、才能がある子どもだ。
育て上げていけば、ショコラの良き理解者で協力者となるであろう。
さて、どのように育てていくべきか。
思考を巡らせる余であったが、その頭の中にパズスからの念話が届いてきたのである。
『魔王様! なんか村の回りを兵士みたいなのが取り囲んでますけど』
『ほう。敵意はあるのか?』
『へえ。どうします?』
『ブラスコを危険に晒してはならんぞ。チャチャッと殲滅せよ』
『ウキキッ! かしこまり!』
パズスの返事が聞こえると同時に、村の外で爆発音が響き始めた。
「うわっ!?」
チリーノがびっくりして立ち上がる。
アイーダも不安げに、小さき人々を抱き寄せている。
「なに、心配することはない。ブラスコは余のお猿が守っているからな。大した事ではない。ああ、ユリスティナ立ち上がるな。聖剣を呼ぶな。聖なるオーラを纏うな。貴様が出るほどの状況ではない」
「むっ」
断続的に爆発音がした後、すぐに静かになった。
外からは、ざわざわという村人たちの声が聞こえてくる。
「一体全体、何があったって言うんだい……」
「アイーダ。心配なら見てくるがいい」
「ああ、そうさせてもらうよ。うちの旦那、無茶してなけりゃいいけど」
「よし、私も一緒に行こう」
ということで、アイーダとユリスティナが状況を確認しに立ち去っていった。
ユリスティナは、何が起こったのかは把握しているだろう。
状況はとっくに終了し、安全になったことも理解している。
だが、念の為と言うやつであろう。
「さて、小さき人々よ。恐れることはない。余が今からちょっとした余興を見せてやろう。機嫌を直すが良い……!!」
余は立ち上がると、小さき人々に向けて手のひらをかざした。
放つのは浮遊の魔法。
アイーダが戻ってくるまで、居間は不思議なふわふわ空間となるのだ。
「浮いたー!」
「ふわふわー!」
「う、うわー!?」
ブラスコの子どもたちが騒ぐ中、ショコラは得意げな顔で、ふわふわと浮いているのだった。
そして……。
ショコラがうーん、と頑張ると、その背中がぼんやりと光る。
おっ!?
「マーウ!」
赤ちゃんモードのショコラの背中に、ポンっと言う音とともにドラゴンの翼が生えたのだった。
なん……だと……?
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