第18話 魔王、ブラスコの息子と会う
「なかなかイカスお洋服ではないか」
今日ユリスティナが作ったという、ショコラのお洋服を手に取り、余は仔細にチェックした。
一見して、無骨な貫頭衣に見える。
だが、この縫い目の強固さを見よ。
まるで防具のようだ。
この幾重にも重ねられた布地の厚みを見よ。
生半可な刃であれば通らぬであろう。
それは、実に優れた性能を持つ布の鎧……クロースアーマーだった。
「これは防御力が高そうだ」
「ああ。だが、赤ちゃんの洋服に防御力はそれほどいらないらしい……」
散々、上の階の編み物教室で突っ込まれたのだろう。
ユリスティナがしょんぼりとした。
聖騎士ユリスティナ手製の洋服ということで、興味をいだいた奥さんたちが見に来た。
そして、「あっ」という顔をすると、静かに引っ込んでいく。
「うーん、私の感性は変なのだろうか……」
「いやいや、貴様はつい先日まで常在戦場であっただろうが。まだ心が戦場から帰ってきておらぬのだ。ゆっくりと皆のようなやり方に合わせていけば良い」
「そうか、そうだな……。よし、次は張り合わせる布を一枚減らしてみよう」
「いいぞいいぞ」
余はユリスティナの挑戦を応援した。
「マーウー!」
ユリスティナの登場に気付き、ショコラが全力で這い這いして来た。
「おおー、ショコラちゃーん!」
ショコラを迎えて抱き上げるユリスティナ。
余は、ユリスティナが作った服を構えつつ、ショコラにあてがっては「むむむ」と頷いた。
サイズ的には少し大きいようだな。
だが、これならドラゴン状態のショコラでも身につけられるだろう。
実は先見の明に基づいた編み物なのではないか。
「あらショコラちゃん、お父さんとお母さんが揃ったねえ」
「ザッハさん、ユリスティナ様、そろそろお帰りですか?」
「うむ、そう言えばそうである。帰ろう」
「そうだな。帰るとしよう」
「ピャ」
我らがこども園を出ると、ちょうど畑仕事を終えた親たちが迎えに来たところである。
ここで余は、見慣れた顔を見つける。
「ブラスコではないか」
「あっ、ザッハさんじゃねえか」
門番のブラスコだった。
彼は、次男と長女をここに預けているのだとか。
「それが貴様の息子か」
「おう、長男のチリーノだ。チリーノ、ザッハさんに挨拶しろ」
「こんにちは」
チリーノは、茶色い髪を短く刈った、気の強そうな男の子だった。
七歳だとか。
「うむ、こんにちは」
「こんにちは」
余とユリスティナが挨拶を返すと、彼はちょっと気圧されたように後ろに下がった。
「と、父ちゃん、この人たち、なんか普通じゃねえ……!」
おっ、鋭いな。
余には、この子どもが余の魔闘気と、ユリスティナの聖なるオーラを感じ取ったのが分かった。
年が年ならば、勇者パーティに選別していただろう。
才能のある子どもだ。
だが、それも平和な時代には宝の持ち腐れである。
彼の頭を、ブラスコのげんこつが見舞った。
「いてっ!」
「こらっ、失礼だろ? ザッハさんはオルド村からどうにか逃げて来たんだぞ。それに、ユリスティナ様は聖女様だぞ!」
「ええー……。俺、父ちゃんが平気な顔してるのが分かんねえ……」
警戒の色を隠さないチリーノだが、ユリスティナが抱っこしたショコラだけは別なようだった。
ご機嫌で、「ピャピャー」とはしゃぐ赤ちゃんに、ちょっと不思議そうな目を向けた。
「あれ? 赤ちゃんがさっき、変な動物に見えたような」
余がショコラに掛けた幻術は、小さい子供には通じないことがある。
チリーノは、幻術を見破れるギリギリの年なのだろう。
こども園の入り口で話していると、ブラスコの息子と娘が、奥さんたちに連れられてきた。
「おーい、こっちだー!」
「にいちゃーん、とうちゃーん」
「にいたん、とーたん」
まだ名付けを受ける前の二人なので、正式な名前はない。
ちびっこたちは、チリーノとブラスコと手をつなぐ。
「ブラスコ、貴様の子どもとショコラは、年が近いのだな」
「そうなんだよ。まあ、うちはなんとか赤ん坊の時期を抜けられたよ。あとは二人とも七つになってくれるのを祈るだけだ」
「なに、平和な時代になったのだ。戦時よりは子どもは育つであろう」
「だよなあ。本当にいい時代になったぜ……」
我らがそのような話をしている間に、ショコラとブラスコの子どもたちが邂逅していた。
「赤ちゃんだー」
「変なのー。羽生えてるー」
「ぷにぷにー」
「マーウ、マーウ」
ユリスティナがしゃがんでいるから、子どもたちも手が届く。
二人ともショコラが伸ばす手を、触ったりつついたりしている。
この世代の子どもたちは、ドラゴンの子どもと過ごすことになるだろう。
大人になれば、今の世代が知らぬような世界になっていくかも知れんな。
「こらっ、お前たち、羽に触ったらだめだろ」
チリーノが、弟と妹がいたずらしそうになるのを止めている。
ほう、いいお兄ちゃんではないか。
「貴様ら、ショコラと遊びたいのか?」
余が尋ねると、ちびっこどもはコクコク頷いた。
「よし、今度、我が家に遊びに来るがよい。余が手ずから出迎えてやろう……!」
「いいのー!?」
「いのー」
「こら、お前たち……」
「チリーノも来るが良い。余が見る所、貴様は才能がある。その才能を遊ばせて置く気がないのならば来るが良い」
「ザッハ。お前、またろくでもない事を考えているのでは……? あ、ああ、ブラスコ殿。ザッハがこう言っているが、お子たちを我が家に招いていいものか?」
ユリスティナに言われて、ブラスコは目に見えてかしこまった。
「あ、はあ。もう、そりゃあ、もちろん。聖騎士ユリスティナ様のお住まいともなれば!」
むむむ、聖騎士の人徳、強い。
一国の王女でもある以上、世界一影響力がある娘かも知れぬな、こやつ。
いやいや、余だって魔王ザッハトールの本性を顕せば……。
あ、いかん。
村がパニックになる。
冷静になれ、余。
余は深呼吸すると、冷静になった。
「では決まりだな。近く、我らの家にあそびに来るが良い。ちょうど、ショコラと年の近い友人が必要であると思っていたところだ」
余の言葉を聞くと、ブラスコの子チリーノは緊張に満ちた表情をした。
なんだその顔は。
まるで伏魔殿にでも行くような顔をして。
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