第97話 魔王、領主に会う
やって来た徴税担当は、人の良さそうな小太りの男だった。
ベーシク村を、目を丸くしながら眺めている。
「ほえー。この一年で、ずいぶん発展したものだなあ……。びっくりしたよ」
「ええ。色々と知恵がある者が住人になりましてな。その者の人頭税を含めても、今年は余裕を持って税を納められます」
「それは重畳。うちの男爵からは、戦後だし、無理な徴税はするなよと言われているからね。他の領地は正直、まだまだ満足な量の税は取れないようだ。いかほど出せる?」
「このくらいで」
「ほえー! それは、大戦前の記録よりも多いじゃないか! ありがたい」
徴税担当と、村長が話し合いをしている。
どうやらここを治めている貴族、気のよい者のようだな。
ブラスコ一人を派遣し、村の自由にやらせているのだから、それもそうか。
それに、村がピンチになった時、兵士を出してやるくらいの余裕もなかったようだから、貧しい領主なのかも知れぬな。
徴税担当は、連れてきた荷馬車を門の中に入れた。
収穫を待ち、税となるぶんの麦を受け取って帰るらしい。
護衛の兵士も数えるほどしかいない。
誰も緊張した顔はしておらず、のんびりしている。
「村長、徴税と聞いて見にやってきたが、随分穏やかな雰囲気ではないか」
「ええ。この辺りは、何か珍しいものが取れるわけでもなくて、森と畑しかないところですからね。どこかと国境を接しているわけでもなし、それに、領主様のところからは遠く離れていまして」
辺境も辺境なのである。
余と村長が話し込んでいるのを見て、徴税担当が首をかしげた。
「おや、村長、そちらの男は一体?」
「はい、こちらはザッハさんという方で、様々な専門的知識を持って、このベーシク村を大きくしてくださった方なのです。魔法もお使いになるので、おかげでこの一年、病気で死ぬ村人はおりません」
「な、な、なんと!!」
飛び上がって驚く徴税担当。
戦後ゆえ、外国からもたらされた疫病や、栄養不足からくる体調不良が世界中で猛威を振るっているのである。
そんな中、病死するものがいないというのは驚くべきことなのだ。
生まれた子どもが死なないので、村の人口も順調に増えている。
子どもは七年もすれば働き手になり、今後、塀を越えて畑を広げていくこともできるであろう。
そのうち、ベーシク村はベーシク市になるかも知れぬ。
「おい、ザッハとやら」
「ん? 我が主ザッハ様を無礼に呼びつけたのは君かな?」
徴税担当が余へ呼びかけたら、ベリアルがこめかみに青筋を浮かべながら進み出た。
笑顔だが、目は笑っていない。
いかん、周囲一帯が焼き尽くされるぞ。
「ひい」
徴税担当が腰を抜かした。
駆けつけてきた兵士も、ベリアルが放つ魔闘気に当てられて腰を抜かした。
村長が腰を抜かす。
荷馬車を牽いて来た馬が腰を抜かした。
「どうどう、ベリアル。貴族やそれに連なるものなど、このようなものよ」
「ザッハ様が仰られるなら。おい、人間。このお方はな、君や君の主程度が気安く呼べるような立場の方ではないのだ。それを覚えておきたまえ。次にやることがあれば、この私が国土を全て焦土に変えてやろう……!」
「ひいー」
ということで、ベリアルを魔法で回収して引っ込める余である。
目の前でベリアルが消えてしまったので、徴税担当はびっくり。
「ま、魔法だ……。しかも、詠唱なしの凄い魔法だ……! こんなの見たことない! お、お前……じゃなかったザッハ殿! 我が領主に会ってくだされ!」
「来いということか? それはまかりならん。なぜなら、余はここで収穫やら何やらを手伝ったり、魔法を教えたりしなければならぬからだ」
「魔法を教える!? お、教えているのか、そなた……じゃない、あなたほどの腕を持つ魔法使いが!! ひえー、えらいことだ。これは領主様に報告しないと。というか、領主様が来るべきなのでは……!」
色々考えておるようだな。
だが、この者にそれを決定する権限はあるまい。
余はまたベリアルを取り出した。
「ベリアル、この男とともに男爵の元へ飛ぶのだ。そして男爵に話をしてくるが良い」
「御意! では参るぞ、人間よ」
「は、は? ほ、ほわあーっ!?」
ベリアルは、徴税担当を連れたまま空へと飛び上がった。
このまま、猛スピードで男爵の屋敷へと向かうのだろう。
そうであるな。
二時間もすれば男爵を連れてくるに違いない。
ちょうど二時間後である。
「ぬおーっ!?」
悲鳴とともに、そこそこ上質な服を着た大柄な男が連れられてきた。
「貴様が男爵か?」
「な、な、なんだ!? 私はいきなりこの男に連れられて……ザッハという者と会えと」
「余がザッハだ。おい、徴税担当、説明をしてやるのだ」
「は、はい!」
その後、訳がわからないという顔の男爵に向けて、徴税担当が色々とお話をしている。
余が魔法を使えることとか、ベーシク村が栄えていることとか。
それに加えて、余は教えてやった。
「なんなら、余の弟子が育った暁には、貴様の元へ貴族付魔道士として就職させてやっても良い」
「な、な、なんだって!?」
目をむく男爵。
貴族付魔道士というのは、貴族にとって最高のステータスなのだ。
給料を払えるだけの財力だけでなく、魔道士を従えられる人柄もあると見られるため、爵位を超えてそれなりの敬意を受けることができる。
「ほしくないのか?」
「ほしい……!! な、何を求めているのだ、ザッハとやら」
「なに、このベーシク村を、しばらくこのままで留めておいてもらいたい、というだけだ。税はきちんと払おう。だが、何かそちらでいざこざがあった時、この村までは影響が来ないように尽力してくれ。さすれば、余は貴様に恵みをもたらそう。貴様をここまで連れてきたベリアルを見れば、余がどれだけの力を持っているか理解できよう?」
こくこく、とうなずく男爵。
これで話は纏まった。
余は魔法で契約用紙を作り出すと、この場で男爵と、ベーシク村の保安に関する契約を結んだ。
余が署名を行うため、この契約書には魔法的な強制力がもたらされることになる。
「ほえー」
おっと、村長のことを忘れておった。
すっかり蚊帳の外になった彼は、呆然としている。
「村長、そのような訳で、これからもベーシク村は変わらず栄えていくことになったぞ。よく運営してやってくれ」
「は、はい!」
さて、余はショコラの元に戻ることにしよう。
あまりに戻ってこないので、そろそろ怒ってへそを曲げているかも知れないからな……!
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