第98話 魔王、冬を迎える
ベーシク村に冬がやって来た。
木々は葉を落とし、気温は徐々に下がってくる。
余がショコラとともにやって来たのは、冬の終わり頃であっただろうか。
「これでちょうど一年ほどであろうか」
「ああ、私が来てからそろそろ一年だ」
「ユリスティナもそうであったかー」
「何を言う。ザッハと私は、ほとんど同じ時期に来たではないか。その頃は、ショコラももっと小さくてな……」
改めてそんな話をしたのには理由がある。
朝起きたら……雪が降っていたのである。
「パーパ! マーマ! おそと、ふってる!!」
ショコラがパジャマのまま、ばたばた走って外に行こうとする。
ユリスティナがすぐに追い付いて、ひょいっと抱き上げた。
「やーん!」
「だめだぞ。ちゃんとお顔を洗って、着替えて、朝ごはんを食べて、トイレ行ってから!」
「おそとー!」
「だーめ」
「むうー」
ぷくっとショコラがふくれた。
うむ。
ぺちゃくちゃ、たくさんしゃべるようになったものである。
一度言葉を覚えてしまえば、あとはすぐであった。
堰を切ったように、ショコラはどんどんおしゃべりするようになり、赤ちゃん軍団と会うと、キャッキャと楽しく騒いでいる。
本当に、赤ちゃんの成長は早い。
もうすぐ、赤ちゃんとも呼べなくなるであるな。
「ショコラ、全部終わったら、冬用のお洋服を着て遊びに出るであるぞ。外で遊ぶのに、途中でお腹が減ったら大変であろう」
「ピャ! おなかへる、だめー!」
「であるな。だからまずは顔を洗うのだ!」
「はーい!!」
良いお返事である。
「上手いな、ザッハ」
ユリスティナはにっこり笑うと、ショコラを下ろしたのだった。
ショコラは、もぐもぐもぐーっとご飯を食べた。
もう、自分でスプーンも上手に扱える。
「あ、ショコラ、ぼろぼろこぼしてー」
「マウー?」
上手に……。
「あー、よそ見したらまたこぼれる」
「マウ」
「あ、拾って食べた!」
スプーンはまだまだ修行中であるなあ。
ショコラはこぼしながらも、ご飯を全部食べきった。
最近ますます、たくさん食べるようになったのだ。
「たべた! マーマ! あそぶ!」
「はいはい」
「余が食器は片付ける。ユリスティナはショコラを着替えさせてやってくれ」
「ああ、分かった。今朝はザッハの当番だったから、夜は私だな」
「うむ。楽しみにしておるぞ」
食器を洗い終わった頃合いで、家の前に誰かがやって来た気配である。
「ショーコーラーちゃん!」
「あそぼー!」
「迎えがやって来たな。どれ、うちのお姫様は着替え終わったかな」
廊下に出てみると、寝室でバタバタと走る音がする。
「マーマ! はやくー! あそぶー!!」
「ちょっと待って。ここを結んで、これで……よし!」
寝室の扉が開いた。
そこから、もこもこした真っ白なものが走り出てくる。
「ほう! このもこもこは何であるかな?」
上からもしゃもしゃっと撫でると、キャーッとはしゃぐ声がした。
「ショコラよー!」
それは、もこもこな小さなコートを着たショコラであった。
フードの下に、ニコニコなショコラの笑顔がある。
「ほほう、パパはびっくりしたぞ。どこのお姫様であるかな?」
「んふふー」
「ショコラ、可愛いだろう?」
「うむ。これは世界一可愛いな」
余とユリスティナ、満足してぐふふ、と笑う。
さて、ショコラの外出開始である。
扉を開くと、そこには毛皮のコートを着たチロル。
丈夫そうなコートのチリーノ妹が来ている。
「ショコラちゃん、あそぼ!」
「あそびにいこ!」
チロルもずいぶん、しゃべるのが上手になった。
チリーノ妹は、ちょっと早いのだが名前をもらったらしい。
確か、アドリアと言ったか。
七歳までは、死ぬ可能性が高いために名前をもらえなかった子どもたち。
だが、ここ最近のベーシク村では、みんな名前をつけてもらえるようになったようである。
赤子のまま、死ななくなったであるからな。
さて、我々も付き添いである。
雪が降ってくるベーシク村を歩くことになる。
「どこであそぼっか!」
アドリアがお姉さんらしく、二人を連れて先を歩く。
これに、チロルとショコラが、うーんっと首をかしげた。
考えている考えている。
だが、もと赤ちゃんであった二人が考えても難しかろう。
「この雪である。村の子どもたちが黙って家の中にいるとは思えぬであるな。皆、出てこよう」
「そっか!」
納得するアドリア。
一年経って、すっかり大きくなった彼女は立派なお姉さんである。
「ショコラちゃん、チロルちゃん、こどもえんにいこ!」
「うん!」
「マウ!」
三人が手をつないで、わーっと走っていく。
雪が降ってきて、地面がぬかるんでいるのに、そんな勢いで走ると転ぶのではないか?
「きゃー!」
「ひゃー!」
ほら。
……と思ったらだ。
「マーウー!!」
ショコラが浮かんでいた。
背中から翼が生えて、転びかけた二人を支えている。
さすがはドラゴン、パワーが違うのである。
ショコラにとって、二人のお姉さんを持ち上げることは造作もないことであろう。
実際のショコラの大きさは、どれほどになっていることか。
今度、村の外で確認してみねばな。
子ども園に到着すると、余の予想は的中していた。
「ショコラちゃーん!」
「先生ー!」
ほう、一期生の面々と、子ども園の年長さんたち、それに親と一緒に、赤ちゃん軍団もいるではないか。
みんな遊ぶ気だったというわけだな。
冬になってしまえば、畑仕事はなくなる。
狩りに行くにも、獲物は冬眠を始めるし、外は村の中よりも雪が降り積もる。
危険なのだ。
そのようなわけで、冬は村人が暇になる季節だ。
余がこの村に来たばかりの頃に参加した狩りは、いわばその年の狩り初め、とでも言おうか。
「よーし、では遊ぼうではないか。なに、雪の量が足りない?」
子どもたちが、ワクワクした目で余を見ている。
その期待に応えてやろうではないか。
「では、余が雪を追加してやろう。存分に雪遊びを楽しむがいい!」
空に向かって、雪の魔法を放つ余なのであった。
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