第61話 魔王、ユリスティナ、ショコラ、王宮に来る

 なし崩し的に、ファンケルとラァムとは和解したのである。

 そのまま、彼らと共に王宮に向かうことになる。


「ユリスティナにお見合いの話があったんでしょう? いい話だといいわね」


 ラァムが女子トーク的にユリスティナに話しかける。

 だが、姫騎士は首を横に振った。


「実は断りに来たんだ」


「ええっ!? どうして!?」


「まさかユリスティナ、まだガイの奴の事が……うっぷ」


 無神経なことを口にしかけたファンケルが、ラァムの肘打ちで黙る。

 ファンケル、貴様そういうとこだぞ。

 無論、恋バナの機微を知る余は黙っているのである。

 ユリスティナは笑った。


「それはもう吹っ切れた。今はもっと大切な事があってね。赤ちゃんを育ててるんだけど」


「へえ、赤ちゃんをねー。あのユリスティナがねえ、赤ちゃん……赤ちゃん!?」


「え、え、ええーっ!? 赤ちゃんって、産んだのか!? ぐほっ」


「ファンケルはいちいち余計なことを言う癖は変わっておらぬのだなあ。そしてラァムの突っ込みも容赦が無い。よき」


 余は満足してうんうん頷く。

 ファンケルとラァムは、妙に自分たちの事に詳しい余を見て、不思議そうな顔をした。

 だが、すぐに興味はユリスティナに戻る。


「赤ちゃんってどういうこと!? なんでユリスティナが赤ちゃん育ててるの!?」


「うむ、それには深い事情があって……。最近たっちを覚えて、もう可愛くて可愛くて仕方が無い……」


 ショコラを思い出したらしくて、ユリスティナの表情が緩くなる。


「そうか、よくよく考えれば、国王を説得するためにはショコラがいなければ説得力が無いではないか」


 余はハッとした。


「ちょっと待っておれ。迎えに行ってくる」


「ああ。二十分くらいか?」


「それくらいであるな」


 余はユリスティナに告げると、魔法を唱えた。


「ワールドトラベル・トップスピード」


 眼下に呆然とした顔のファンケル、ラァムを見ながら、余は一瞬でベーシク村に戻るのであった。

 これは余が開発した、ワールドトラベルの上位魔法である。

 およそ、ワールドトラベルの十倍の速度で目的地に到着するが、魔力の消費量も十倍で、体にかかる負担が千倍になる。

 大体普通の人間だとぺちゃっと潰れる。

 なかなかバランスが悪い魔法なので、急ぎの用事の時にしか使わぬのだ。


「あれ? ザッハさん、なんで外にいるんだ?」


「ちょっと用事があってな。通るぞブラスコ」


 余は門をくぐり、猛スピードで子ども園へと走る。

 そして、チロルと遊んでいたショコラを発見した。


「ショコラ、取り込み中のところを失礼するぞ。ちょっと一緒に来てくれ」


「ピャー!」


 余を見たショコラが、バンザイしながら立ち上がる。

 大変話が早い。

 ショコラを抱っこして、余はまた魔法を唱えた。


「ショコラチャン、バイバーイ!」


 チロルが手を振る。

 ショコラも、「マウマー!」と手を振った。

 そして、再び余はワールドトラベルで、ホーリー王国へと戻るのである。

 到着したのはホーリー王国の門である。


「あれ!? さっき中に入った、ユリスティナ様の連れの人じゃないか」


 門番の兵士が驚いた。


「うむ。実はショコラを連れてくる用事があってな。一旦地元まで戻っておったのだ」


「魔法を使って戻ったのかあ。……あれ? 低レベルの魔法だと、王国の中では使えないはずだけど」


 首をかしげる門番の前を通る。

 ユリスティナの連れとして覚えられたので、ある意味フリーパスのようなものだ。


「マウマウ」


 ショコラが門番を指差した。


「そうだな、ブラスコよりもいい鎧を着てるな」


「マウー」


「ハハハ、ショコラも欲しいか。よし、余が後で作ってやろう」


 そんな談笑をしつつ、猛スピードで王宮へと向かうのである。

 ちょうど城の入り口で、ユリスティナたちが待っていた。


「ショコラー!」


 ユリスティナが満面の笑みを浮かべて出迎える。


「マウー!」


 ショコラは余の手から、ユリスティナへと手渡された。

 むぎゅむぎゅと抱きしめられるショコラ。


「ほ……本当にユリスティナが赤ちゃんを抱っこしてるわ……」


「しかも手馴れてる……!」


「いかに不器用な私と言えど、半年近くショコラと一緒にいれば慣れるものだぞ?」


「半年も……!?」


 真面目な顔で答えるユリスティナだが、彼女の顔をショコラがぺたぺた触っているのでイマイチ決まらないのである。

 そして、姫騎士は赤ちゃんを抱っこしたまま、門をくぐり、王宮の回廊を歩き、謁見の間へと入場して行った。

 出迎えたのは、国王にしてユリスティナの父親、カイザー三世である。

 横には、王妃にしてユリスティナの母親、フランソワがいる。

 二人とも目を丸くして、赤ちゃんを抱っこするユリスティナを見ているではないか。

 それは、この場に揃った家臣たちも同様だ。


「ユ……ユリスティナ。その、その赤子は一体……?」


「私の子のようなものです、陛下」


 赤ちゃんに負担が掛からない程度の臣下の礼を取り、ユリスティナが答えた。


「だ……誰との子なのだ」


「産んでいません」


 その一言で、謁見の間にホッとしたような空気が流れた。


「そうか……。では、何の問題も無いな。誰か、赤子を預かれ。ユリスティナに見合いの話を……」


「預けません!!」


 ユリスティナがカッと目を見開いて立ち上がった。


「産んでいませんが、ショコラは私の子どもです!!」


「ピャー!」


 ユリスティナが元気良く言ったので、ショコラも真似をしてバンザイした。


「あらかわいい」


 王妃が思わず微笑む。


「い、いや、ならぬ! ならぬぞ! 赤子を連れて嫁ぐ奴があるか……! 向こうには話が違うと言われてしまう……!」


「ですので断りに来たのです。私はショコラを育てるので忙しいので、お見合いをする暇はありません」


「なん……だと……」


 目を見開き、口をパクパクさせる国王。


「それは困ります!」


「わが国の財政が……!」


 周囲の臣下から、次々に声が上がった。

 やはり、経済的に強い国にユリスティナを嫁がせ、援助を得る方策だったか。

 国王は苦しそうな顔をしている。

 おや、こやつもユリスティナをそんな理由で嫁に出すのが心苦しいのかも知れぬな。


「静まれ」


 ということで、余が助け舟を出した。

 実はずーっと臣下の礼をしていなかったのだが、ユリスティナが衝撃的過ぎて誰も気づいていなかったのである。

 ということで、周囲に魔闘気を放ちながら存在感を出す。

 周囲の人々は皆一様に、余に注目した。

 平常なら魔闘気を感じ取れぬ、一般人にもわかるほど濃厚な魔闘気である。

 ラァムがやや青ざめながら身構えた。


「つまりは、この国の傾いた財政をどうにかする手段があればよいのであろう? 余も、ユリスティナ王女を政略結婚で取り上げられては困るのでな……。手を貸そう」


「う……うぬは何者だ」


 国王はかすれた声を搾り出した。


「余の名はザッハ。ユリスティナと一緒に赤ちゃんを育てている人であり、魔王軍九人目の八騎陣であり、実は神の力も持っているので魔王軍と袂を分かった幻の欠番ナンバー、ゴールドナイト。神の力があるので邪悪ではないから安心だぞ……!!」


 余の完璧な自己紹介に、この場にいる誰もが気を呑まれたようであった。

 笑いをこらえているユリスティナと、キャーッとはしゃいでいるショコラを除く。

 余は周囲を見回すと、笑みを浮かべ、こう告げた。


「余に良い考えがある」

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