第88話 定期ランニングから:闇を抱えるもの同士での活動
「ランニング仲間に加えてもらいたい」ということでひとりの女性がやってきた――ジョギングの経緯とランニングチームの結成に関しては、第20話『ジョギングから』で一部紹介したが、要するにチームを作って、その仲間たちと週に1回“定期ラン”と称して走っているのだ。
彼女の参加の目的は、“ダイエット”だった。
「自分でも走っているの?」という質問に対して、「ちょっと運動不足だから走ってみようと思いまして」という返答だった。さりとて特徴はないが、でもだからと言って暗闇があるようにも思えない。普通に話のできる、ごく平均的な35歳の女性だった。
「仕事は? 家族は?」なんていう質問を続けるのが、コミュニケーションを図るためのごく自然な流れだと思うのだが、そこではっきりしてきたのが、“バツ2”、“DV”、“借金”だった。
2回目に結婚した“もと旦那”が、いわゆるダメ男だったことが原因として大きい。
「クレジットカードを何枚も作らされて、限度額いっぱいまで借りさせられました」と打ち明けてくれた。
ドラマや小説なんかで描かれそうな、わかりやすい“不幸女”だが、ごく身近にもそういう女性がいた。
「幸せそうな人を見たくないからスーパーにも行きたくない」とか、「仕事には行くけれど、休日は暇でしょうがない」とか、「自分ひとりで食べるのに、料理なんてしませんよ」とか、「バツ2、DV、借金に加えて“生きたくない”の4重苦です」とか、・・・・・・、確かにネガティブな物言いは多いが、その一方で、「最近やっと借金が返し終わったので、自分のことにお金を使える」と喜んでいたり、「独りだと気兼ねがなくてラク」というようなことも言う。
意外とプラス思考なのだ。
それどころか、今回は走ろうという意欲をもってやってきた。
当たり前のことを言うようだが、自分を不幸と思うか思わないか、ツラい立場なのかそうでないのかの判断は、本人次第だ。少し怒られたくらいで落ち込む人もいれば、離婚くらいなんちゃないと思う人もいる。
週1回の定期ランに彼女は欠かさず来るようになり、乗馬などいくつかの余暇活動にも同行するようになった。意外と粘り強かったのだ。
周囲を理解するにつれて、僕のことを、「木痣間サンは、陽キャラにしか見えない」と評したうえで、「先生のまわりには病んでいる人が多い」とも指摘した。
なるほど、言い得て妙である。
人間は、知らず知らずのうちに同種の人間を求めるようになる。独身は独身とつるみたがるし、ママ友はお互いに情報を共有する。犬好きは犬好き、猫好きは猫好き同士、アウトドア、インドアを問わず趣味が合えば行動を共にすることもある。LGBTは、その仲間といると居心地が良くて本当に安心するという。
それはそういうものだし、自然なことだ。
僕は知らず知らずのうちに、心に傷を負った人たちとの付き合いを好むようになっていたのだろうか。もちろん、“幸せイッパイ”という人を否定するものではないし、多くの人にとってそれが良いことはわかっている。
“負のオーラ”と言うとちょっと消極的な表現になるが、でもそういう空気感のようなものを、心的外傷者は敏感に察知する。「この人と付き合えるか」、「考えが合うか」というようなことを常に探っている。
ジョギングの目的はダイエットだったが、それは表向きの理由だった。
僕のこのWEB小説をたまたま読み、「こんなマイナスなことを語っているにもかかわらず、なんとか前向きを保っている医者って、いったいどんなヤツだろう」と思って近づいてきたのだ。
ジョギングの継続は偶然得られた効用だったようだが、スーパーにすら行けなかった人が、この定期ランには通い続けている。
コミュニティというと、元気ハツラツという人の集団で、そうでない人にはなかなか馴染めない場所と思われがちかもしれない。が、しかし、トラウマを抱える人間が、どうにかこうにか活動的なことをするという団体があってもいいような気がするし、そういう役割をこのランニングチームが担っているのなら、こんないいことはない。
これからも闇を抱える人のために、限られたスキルのなかで活動できたらと願う。
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