第82話 孤独への将来の対策:“訴え”という装備
本編において何度も何度も触れているが、僕はかなり不器用な生き方をしてきたと思う。
医師という資格を得て、医療という仕事を生業として、被災地で社会活動を展開しているとはいえ、基本的にはかなり孤独である。正直なことを言うと、気軽に飲みに行ける友だちすら有していない。
だからと言って落ち込んでいるわけではないが、「人生、そんなものかなぁ」なんていうことをたびたび考える。そういう意味では、医療職にはそういう人が多い。
“師長”や“主任”といった役職の付いた女性看護師のなかには、けっこう孤独な人がいる。
40代で看護副師長を務める彼女もそのひとりだった。
「結婚はもちろんしたかったけれど、なんかうまくいかなかったのよねぇ」と屈託なく笑うが、心のなかは複雑である。
こういうのは、両親に健康問題が生じた時点で一気に深刻化する。
母親に認知症が出現したために、もともとの頑固な性格が輪をかけて偏屈になった。そこに父親の前立腺がんが発見された。すでに骨転移を認め、手術に加えて抗がん剤の投与がはじまった。
両親との三人暮らしであることから、病院への送り迎え等を含めた介護負担が、一気に彼女にのし掛かってきた。
こうなってくると生活は一変する。プライベートな時間などいっさいなくなり、やっとやっとで保っていた自分というものを徐々に見失う。がんばればできてしまう看護師としてのスキルがかえって仇となり、周りに頼ることもできない。肉体的にも、精神的にも己を維持することが徐々に困難となり、そんなとき不運にも、心の拠り所としていた愛犬が死んだ。心の糸の切れた瞬間だった。
この時点で、結婚と引き換えに積み上げてきたキャリアがすべて水泡に帰した。老後の楽しみのためにコツコツ貯めていたわずかばかりの貯蓄が、両親の介護と福祉のために消費されていく。
「自分は、親の介護のために産まれてきたの」という言葉を残して、彼女は職場を去った。
寂しい、あまりに寂しすぎる。でも、そういう人が世の中にはたくさんいる。
若くして不治の病に倒れた、自死を図った、事故や犯罪に巻き込まれた、誰にも発見されずに孤立死したなど、世の中には、もっともっと不幸を背負った人もいると思うが、それらに共通する事象に“孤独”がある。
村上龍先生のエッセイに書かれていた「将来の孤独を防止するには、“お金”か“尊敬”を得ておく必要がある」という内容を思い出した。
どちらかがあれば人が寄ってくるという意味なのだろうけれど、確かに一理ある。他人への関心の積極性は、どちらかの動機付けによってなされるからである。
ただ、そのどちらも得られないとしたら……。
第三の手段として、“訴え”というか、いい意味での“主張”というものを装備しておく必要がある。
自分の思考なり、哲学なり、窮状なりの発信である。
そういう意味では、SNSや『YouTube』などの動画投稿サイト、最近では『Clubhouse』、それからこういうWEB小説サイトもそのひとつだが、そうしたコミュニケーションツールが乱立した。
直接の対人関係を築くことの苦手な人が増えたからバーチャルなコミュニケーションツールが発達したのか、コミュニケーションツールが発達したから直接の対人関係を必要としなくなったのか、どちらが先でどちらが後かわからないが、いずれにせよ新たなコミュニケーションの方法が確立した。
“PV”や“いいね”、“アクセス数”や“フォロワー数”といったものが稼げれば、直接の人がいなくても孤独感は癒される。
いまのところ、こうしたツールの使用は“他者承認欲求”や“自己肯定感”とリンクしていると捉えられているが、実を言うと、孤独防止という将来の備えを、皆が漠然とした暗黙の了解として感じているのかもしれない。
そして、間違いなく僕もそのひとりに加わったということだ。
ほどなくして彼女のSNSが立ち上がった。そこには、これまでに関わってきた人への感謝の気持ちと、退職してからの日々の暮らしとが慎ましやかに刻まれていた。
「先月、仕事を辞めました。一身上の都合ということにしてください。昨年度はいろいろなことが起こり過ぎて、毎日が必死でした。お世話になったスタッフの皆さまには改めてお礼を申し上げます。今年度からはゆっくり過ごせそう。一年間がんばったご褒美を込めて、今日はお寿司屋さんへ行ってきました。何を食べても感動の美味しさで、また季節によってメニューが違うとのこと。また時期を変えて行きたいな……」
何気ない投稿だけれど、気のせいか、僕にとっては直接会っていたころより彼女を身近に感じた。そして、何か困ったことがあったら手を差し伸べてあげたいという気持ちを、より一層深めるのだった。
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