第81話 インドア趣味の女性から:ポテンシャルの高さは一級品
こもりがちな僕は、することがなければ家で音楽を聴きながら本を読むか、ネットサーフィンをしているか、こうした駄文を書いているか、日曜大工的な木製品を作っている。マンガやアニメも好きなので、古いコミックを読んだり、動画配信サービスを用いて懐かしいアニメを閲覧したりなんかもしている。
芸術というにはほど遠いが、それでも自分としては、ちょっとサブカル的と言おうか、マニア向けと言おうか、深いインドア趣味を有していると思っている。
どうして、そういう趣味をもつようになったのか? ルーツを探ると、それは中学時代にさかのぼる。
その子は、はっきり言って地味な子だった。背が高くて発育は良かったけれど、おかっぱ頭にメガネ、無口な方だけれどときどきボソッとトリッキーなことを言う。学業成績は悪くない。
クラスに一人くらいいたであろう、質素で控え目だけれど、そのキテレツさとマニアックさによって、けっこう目立つという娘が。
彼女は、そんなタイプだった。偏った性格の僕が思ったのだから、その子もだいぶ変わっていた。
彼女の指定席が僕の前だった時期があり、そこで僕らはけっこう気が合った。きっかけは、彼女が夢中で読んでいたマンガ本を借りたからだ。
“第61話:漫画再び”でちょっと紹介したが、その本は、小山田いく著の『すくらっぷ・ブック』だった。知っている人はほとんどいないと思うが、信州小諸市を舞台にした中学の学園マンガだ。出会い、恋愛、友情、そして、時にはケンカが描かれていて、恥ずかしいほどの純度100%の青春群像ものだ。
借りては読み、返してはまた借りるを繰り返し、僕も夢中になって読んだ。そして、感想を述べ合うことで二人の距離は縮まった。
特技はピアノだった。音楽部に所属し、クラス対抗の合唱祭では当然ピアノを担当した。彼女の伴奏によってクラスが団結できた。
個人的には“大瀧詠一”や“佐野元春”が好きだったようだし、もっと言うと“YMO”や“オフコース”、“ABBA”の良さにいち早く気付いて紹介してくれたのも彼女だった。
加えて、絵というか、イラストを描くことも上手だった。先の『すくらっぷ・ブック』の登場人物はもちろん、少女マンガであるところの、『エイリアン通り』、『ポーの一族』、『はいからさんが通る』なんかを描いていた。
いまで言うところの、完全なるインドア派女子だった。
僕が惹かれた理由は、シンプルな言い方になってしまうけれど、彼女の風情というか、佇まいというか、空気感であった。世間の流行やトレンドに乗るよりも、自分の好みや価値観を第一に考える独特の世界観やオーラがあった。
夏休みにひとりで小諸に行ってきたとか、一晩中マンガを読んでいたとか、“松本隆”に憧れて詩を書いてみたとか、「マッチだ」、「聖子だ」と周りが騒いでいた時期に、そんなアイドルには目もくれず『ナイアガラ・トライアングル』のレコードを貸してくれたとか・・・・・・。
個性的なキャラを有し、そういうミステリアスなムードを感じることで、僕はどんどん彼女にハマっていった。インドア的快楽のようなものを教えてもらった。
もう一度言うが、目立たず地味だけれど、一定の分野における時代の趨勢をキャッチする能力にかけては、とても優れていた。持っていたポテンシャルから、将来もしかしたら大化けするのではないかという予感がした。
そして、それが現実となった。彼女の進学した高校は、僕の進んだ男子校の姉妹校であるところの女子校だった。同じ駅で乗り降りするものだから、少しずつ雰囲気の変わる彼女を見かけることがあった。
音楽趣味が高じてバンド活動をはじめたことや、デザイナー志望で美大を目指しているということを、風の便りで知った。
が、しかし、前にも述べたように、高校時代の僕はどんどん冴えない男になっていった。
あえなく浪人生活に突入したなかで、ある日、彼女と再会した。それは電車のなかだった。彼女は移動途中、僕は予備校を早退して帰宅するところだった。
いまでも目に焼き付いている。黄色と黒のバイカラーワンピにパテントレザーのヒール、肩にはキャンバスバッグで、極めつけは、ほどよい長さに切り上げたワンレンボブのヘアーだった。
なんて垢抜けたんだ・・・、そうか、美大生になったんだっけ・・・。もともと長身でスタイルが良かっただけに、ちょっとしたモデル風にも見えた。
「ああっ、久しぶり・・・、な、なんか、ちょっと変わったね。美大に通っているって聞いているよ・・・」
とってつけた言葉をかけたような記憶が、かすかにある。
「うん、まだまだ勉強中だけどね・・・」
眩しいくらいモード系に変化した彼女に対して、「返しそびれていた『すくらっぷ・ブック』の最終巻が家にあるから今度返すよ」と、時間の止まったような昔を打ち明けて、あわよくばもう一度会おうとする勇気は、到底得られなかった。
ただあのとき、「木痣間くん、放課後も一緒にいたいからアタシと同じ学習塾に通ってよ」と声をかけてくれたことを、いまでも彼女は覚えているだろうか・・・・・・。
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