第97話 20代で本気で後悔していること

 「男子高校に通っていたから」という言い訳が通用するかわからないが、惰性でときを過ごしていた僕の高校時代の思い出は、正直言って、ほとんどない。

 大学受験に一度失敗し、一浪の末に、どうにかこうにか三流私大の医学部に引っかかった。こんなことを言うと嫌味に聞こえるかもしれないが、―「医者にならない方がよかった」といことではないが――医者にならなくてもよかった。

 サラリーマンにはサラリーマンの、自営業には自営業の、やり甲斐や希望、そして、もしかすると挫折といった部分もあったであろう。それはそれで、それなりの人生を歩んでいたのではないか。


 僕の20代の大部分は、医科大学への通学と、卒後における研修医としての見習い期間だった。ちょうどバブルの終わりかけの時期だったが、その恩恵を受け損なったものの、“ロスジェネ”には、かろうじて引っかからずに済んだ。

 そんな過渡期を生きたわれわれの時代を、僕は、“落差の世代”と呼んでいる。


 僕の20代のころは、街にはまだ、さまざまなプレイスポットが乱立していた。屋内人工スキー場に巨大迷路、そして、テーマパークなどなど・・・・・・(“MZA有明”、“横浜ベイサイドクラブ”、“ザウス”、“東京セサミプレイス”など)。

 ほどなくしてバブル経済が崩壊し、日本国そのものが巨大迷路にはまり込み、ラビリンス、失われた繁栄、光から闇、どう表現したとしても、あまり好ましくない世の中へと突入してしまった。バブル崩壊後の20年、これらの多くは経営破綻し、大型商業施設に生まれ変わった。そして、地方では廃虚化が進んだ。


 前置きが長くなったが、僕にとっての“20代”は、言い換えるならば“ミス選択の連続”だった。

 少し前までは、ちょっとカッコよく見られたいがために、「後悔はしていない」なんてことを言ってきたが、このくらいの年齢に達してくると、そのときとはまた状況が違う。「後悔していることは後悔している」と、声高に叫んでおいた方がいいような気がしてきた。

 だからいま、そんなことを書き留めておく。


 まずは、海外留学には行かなければよかった。行くなら、もっと英会話を勉強してから行けば良かった。

 僕にとって、英国にいた期間は完全に無駄だった。「海外生活で苦労を知った」、「見聞を広げた」というのが留学体験記の常套句だが、医学の発展と自身のスキルアップを目的に、そんな体験は些末な問題である。一流の研究者の集うなかで、現地の人を唸らせるような結果を、ポッと出の片言しかしゃべれない邦人に出せるはずがない。

 日常会話程度が流暢でなければ、お話しにならない。ラボ仲間に対して、どれだけ手を焼かせたかわからないだろう。英国に行ったことは、いまでは完全にトラウマになっている。


 本はもっと体系だって読めばよかった。

 『こころ』や『人間失格』や『ソクラテスの弁明』や『カラマーゾフの兄弟』を苦労して読んで、残っていることは読んだという事実と、多少の知識だけだ。有益とは言えない。そういう意味では映画や音楽も同じだ。途方もないほどの時間をかけて観たり聴いたりしたが、娯楽という部分から大きく逸脱するほど役立ったということはない。

 渡辺淳一をすべて読破したら、『渡辺淳一の世界・渡辺淳一の世界Ⅱ』、『渡辺淳一のすべて』など、彼に関する評伝や論文を読み、生い立ちを知るために札幌の渡辺淳一文学館に行き、支笏湖や鎌倉プリンスホテルや喜代村を訪れることで、やっと彼の文学の一端を見たような気になる。汎用的で役に立つ見識となりえるのはそこからだ。


 何もしていない時間を極力減らせばよかった。

 よく言われることかもしれないが、学生時代は、あり余るほどの時間はあったけれど金がなかった。だから、家でテレビかビデオを見るくらいしかやることがなかった。軽音学部に属してロックバンドを組んでいたので、運動をしたり、健全な課外活動をしたりといったことには背を向けていた。

 結果的に、たまにドライブに行くくらいで、時間を浪費し、惰眠をむさぼっていた。どうせなら夏休みいっぱいをかけて、無計画な旅にでも出ればよかった。もう少しくらい音楽を極めてもよかった。無駄なら無駄で、もっと大胆に空費すればよかった。


 二股をかけるような付き合い方は、しなければよかった。

 いまの僕の独り身の生活は、間違いなく20代に培われた女性との付き合い方に端を発している。「たくさんの異性と浅く付き合うより、1人の恋人と長く深く付き合う方がいい」というのは、まあ恋愛の王道かもしれないけれど、そんなモラルは、美しくて愛嬌のある娘たちの前では無力だった。若ければ若いほど、その傾向は強い。

 両想いがあるのではなく、片想いが二つあるだけだったし、「多少好きかも」という感情だけで、人は真剣になれる気でいられた。


 社会(地理と公民)と国語(歴史)と美術(芸術全般)とを、もっと学べばよかった。

 医者になると決めたころから理数系の科目に重点をおいて勉強したし、卒後は海外の文献を読むために英語に力を入れた。

 暮らしのうえで、もっと言うと、嗜好のうえで重要なのは、地理の見聞と現代社会(公共)、倫理、政治・経済の情報と歴史に関する知見だ。それに、美術や写真や文芸や芝居なんかを嗜んでいれば、きっと自分の世界観をもっと広げられたのではないか(もちろん文筆活動にも・・・・・・)。


 そして最後に、もっと人に優しくしておけばよかった。

 「横柄で感じが悪く鼻持ちならない、やってやり甲斐のない医者」というのが、周りからの僕の評価だった。

 優しい気持ちは、「生まれつきというよりは、後天的、しかも思春期から社会人の初期に形成されるものだった」と、いまさらながら気が付いた。世の中のあらゆることが理不尽で不条理と感じるこの時期の成熟過程が、その後の“他人への当たり方”に影響する。

 人の優しさにもっと触れておけばよかった。寂しいときは、正直に、他人にもっと甘えればよかった。

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