第111話 男磨き続編:ワイルドや危険性よりも、包み込んでくれるような男性

 前回の投稿で、男だったら多少の頼もしさやワイルドさ、危険性を秘めていた方がセクシーだし、そのためには独自の世界観というか、要するに、余計なことはしゃべりすぎず何を考えているかよくわからないこだわり感が重要だと説いた。


 病院に出入りしている保健師だった。

 小柄できゃしゃな感じだったが、それでも学生時代は陸上競技に明け暮れていた。芯があり真面目だったが、寡黙で冷ややか、一言だけピシャッと本質を指摘するというようなタイプの女性だった。

 髪型は、顔まわりの毛先を徐々に短くした、いわゆるレイヤーカットで、それが彼女を少しだけ優しいイメージにさせていたが、そうでなければ冷たい顔立ちだった。無味無臭、無痛無汗というのが彼女に対する僕のイメージだった。


 どうも僕は、そういう女性を好む傾向にあるのかもしれないが・・・、きっかけは、ある一言だった。


「木痣間先生は、さして特徴のない男だけれど、なんか面白そうだよね」ということを言われた。

 そして、自分としては、まったく意識しないでというわけではけっしてなかったが、でもそれが普通だと思ってやったことがある。僕が一番下っ端だったにもかかわらず、ある飲食会において女性参加者全員の会費を、ほぼ全額男性陣で負担しようと言いだし、それを実践させたのだ。


 幹事役の先輩医師が、「ひとり4150円ね」と計ろうとしたところ、僕は、「いやいやそんな中途半端な金額面倒じゃないですか、女の子たちは0でいいですよ、男性陣だけで払いましょう。1万円かからないでしょう」というようなことを提案した。

 繰り返すが、ワイルドにいい格好をしようとイキがったわけではない。先輩医師としても、ここは半分オフィシャルな場なのだから、明朗会計に徹した方がいいだろうという判断もあったと思う。


「あのときのあなた、ちょっと頼もしかったよ」と言ってくれた。

 しめたっ! 「またおごるから飲みにでも行きますか?」、僕は間髪入れず尋ねた。


 彼女は、予想通りあまり社交的な女性ではなかった。見た目の冷ややかさから、たいして友人もいないようで、どちらかというとインドアで無趣味で内向的だった。

 お互い忙しい時代だったから、僕は、たまにではあるが、スイーツや花束などのお土産を携えて彼女宅を訪問した。


 コンクリート打ちっぱなしのメゾネット住宅のその部屋は、シンプルだけど、どこかこだわりのある内装だった。

 ウッド調に統一された最低限の家具、光量の落ちた間接照明中心の明かり、ロマンスというよりヒューマンドラマ色の強い書籍やDVDメディア、暖色系中心の衣類、明るく彩られた印象派の絵、サイフォン式コーヒーメーカーに静かな空気清浄機・・・・・・。

 外観のコンクリートとは対照的な、暖かみのある室内装飾だった。外見の冷たさとは裏腹に存在する彼女の秘めた温かさのようなものを感じた。


 別に深い意味はないが、寝室には、部屋の半分を占めているであろう、ゆったりとしたふかふか感のあるセミダブルベッドが置かれていた。

「仕事をする上では腰が大事でしょう・・・」と、そのベッドの必要性を強調した。


「これまで好きになった人は何人かいたけれど、あまりうまくいかなかったわ、上手に言えないから冷たく見られて、なんか取っつきにくいと思われるのかしら」

 そんな会話を重ねながら彼女の作った手料理を食べさせてもらうことがたびたびあった。


「まあそうかもしれない。男っつーのもあんまり自分のことを言わないから、そういうもの同士だと厳しいだろうね」

 僕は、思っていることと若干異なる考えを言葉少なめに示した。もしかしたら感謝も足りなかったかもしれない。


 みんな誰かに恋したり恋されたり、愛したり愛されたりしている。自分の内に秘めた想いを恥かしげもなく言えてしまうのは、何かのきっかけが、もっと言うなら何らかの魔法が必要だ。

 大切な人を想う気持ちをどう表そうか・・・、ちょっと迷ってしまう。変わりたい! いまより一歩踏み出したい! 素敵な男性に抱かれてもっと甘えたい。彼女のそんな叫びが聞こえてきそうだった。


「それならば、ふたりでどこでもいいから出かければいい。どんな場所でも、どんな景色でも、どんな方法でも、ふたりで行けばいい。言葉が苦手なら、そんなものを必要としない、黙っていても想いの伝わる、そのような素敵な行動がきっとあるはずだ」

 いまならなんとなくわかる、きっとこんなことを言われたかったんだ。


 クールでミステリアス、こだわりの男を演じているそのときの僕にとって、これまた対照的な男が彼女には相応しそうだった。

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