第110話 遅咲きの男磨きから:女性への目覚め

「高校と大学時代の反動と、社会人になってからのストレスから」という理由が、まったく言い訳にならないのはわかっているが、僕は、医者になってからの数年間はよく遊んだ。

 いや、「遊んだ」と言うと、ちょっと意味が違う。実際に医師になってからの十数年間というのは、目が回るほどの忙しさで、たまの休日はリラックスして過ごすことが多かった。遊びに行く余裕なんてものは「微塵も」と言っていいくらいなかった。

 だから言葉を換える。「よく女を求めた」ということである。いや、露骨すぎた。キャバクラへ行ったとか、ナンパをしたということもほとんどないわけだから、そういう言い方も適正さに欠ける(と思う)。

 だから言葉を換える。「女性の知り合いを増やそうとした」というのが、まあ適切だろう。


 最終的にはつまらない言い回しになってしまったし、前置きが長くなってしまったが、要するに、遅すぎるくらいの女性への目覚めである。


 女性の知り合いを増やそうと思っても、“口下手、不器用、ツラも良くない”という男にとって、正攻法は通じない。そこで僕の取った行動は、人の良さというか、常識性の価値というか、普通の魅力というか、要するに、「飲みに行くくらいなら無難な人間である」というアピールだった。

 チャラくもなく、ゲスでもなく、サイコパスでもなく、「真っ当なヤツだし、コイツと遊ぶといろいろと学びやメリットがあるよね」と思わせることだった。


 確かに僕は、大学時代から車を所有していたので、「いつの日か」という目的で都内の道路やデートスポット的な場所をいくつかリサーチしてあったし、実際に友だちと下見に行くこともあった。読書の習慣化の前だったけれど、多少の雑学も有していた。

 話術というのも、この仕事を続けるうちに向上してきたし、声も大きくなった。それから、これがもっとも大事なことだが、聞き上手にもなった――医者の醍醐味として、巧みな話術と器用な接客スキルが身につくというのは、ある意味正しい――。


 満を持して、こういう言い方もどうかと思うが、効果を試すべく同僚看護師に声をかけてみた。

 結果は、「第67話 霊安室の帰りから:あの物静かで色白な美人」で語ったように、大成功と言ってもいいくらいの成果を修めた。


 恋愛はきっと、そうした試行の積み重ねでできている。相手をおもんばかることで自分を肯定したり、失うことをきっかけに、より慎み深くさせたりする。相手を知ることで自分を見つめ直したり、理解し得ないことを知り、自分の至らなさを再確認したりする。

 この出会いは、僕にとって羞恥や弱気といったものと決別するきっかけとなったが、それと同時に切なさや、やるせなさを経験することにもなった。


 適度なぬけ感というか、肩肘張らない素朴感というか、等身大の価値観で接してみると、意外とすんなり付き合ってくれる女性はいた。月並みだが、自然体ということが、女性に近づくうえでは大切なようだった。


 ただ、こういうスタンスだけでは、めくるめくような恋愛の成就というところまでにはなかなか結びつかない。“いい人”というのは“どうでもいい人”だし、“やさしい”態度を取るなんて“生やさしい”ことだと見透かされる。一線を越えようとしたら、「安心して付いてきたのに」と言って泣かれてしまったこともあった。


 男だったら多少の頼もしさやワイルドさ、危険性を秘めていた方がセクシーに映るという意見もある。そこで僕の取った行動は、カッコよく言うなら、まあクールというか、ミステリアス(不可解)というか、独自の世界観というか、要するに、「何を考えているかよくわからないこだわりがある」という部分のアピールだった。


 そのアプローチで迫った結果については近日公開したいと思うが、結論を言うと、「噛めば噛むほど味は出るかもしれないけれど、やってやり甲斐がない」というものだった。

 成功と言えなくもないが、いまひとつの手応えだった。


 己が楽しもうと思わないで、楽しんでもらえることを自分の喜びにすることが重要で、結局のところ変なこだわり感を示すことはない。爽やかさと感謝、そしてなにより、実直さというか包容さが大切だった。

 これからもまだまだ男磨きは続く。

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