第109話 同級生の自殺について、当時感じていたこと
高校時代の記憶になってしまうが、当時の同級生のひとりが自殺した。それは高校3年で、卒業式が執り行われ、大学入試シーズンが終わった後だった。
以前にも書いたが(第24話 夢から:医者になるってなんだろう)、僕の高校時代は暗く、冴えなかった。成績も低迷を続け、この時期の自分は、すべての受験に失敗して浪人が決定していた。
けっして仲良しというわけではなかったけれど、彼もそのクチだった。どちらかというと内向的な性格で、クラスで目立つというにはほど遠かった。属していたクラブは、文化部で(美術部か、科学部だったかな?)、要は帰宅部だった。
在学中の一時期、僕は偶然彼の隣の席になった。そのときには、それなりに話す機会はあったが、たいして友だちがいるようには見えなかった。
特別な思想を持っていたり、特殊な事情を抱えていたりするような生徒ではなかったけれど、腕時計を外して、その革ベルトをムチに見たてて、ビシビシ物を叩いていたことを覚えている。が、それも別に冗談にしか見えなかったし、僕もアホなことをしているなというくらいにしか感じなかった。
あとは、少しだけ物事を深刻に考えるようなところも見受けられたが、それも常識の範囲で、要するに、ごくごく普通の大人しい男子だった。
誤解のないように言っておくが、僕の高校にはイジメがなかった。生意気で鼻持ちならない男子はいたけれど、あからさまにいじめるという風土は、わが男子校にはなかった。きっと多くの生徒は、他人をいじめるメリットなんてものを感じていなかったのではないか。そんなものに傾倒するなら、隣の女子校生とどう付き合うかを考えた方が、よほど実りのある学園生活になる。
そういう意味では、不良もいなかった。教育実習で来た教師からは、いつも「この高校は大人しい男子が多く、風紀も良い」というようなことが語られていた。
地域の子供の大部分を占めていたであろう、中の少し上クラスの人間たち。優秀とは言いがたいが、そうかと言って落ちこぼれでもない。親の言うことを素直に聞いて、それほどの挫折を経験せずに育った中間層の人たち。金持ちでも貧乏でもない、公務員や教員の息子といった一定層の人種。
少し学ランを着崩すか・・・、なんとなく髪型をいじるか・・・、としか個性を見出せず、こだわりのないその他大勢的な価値観の支配する年代。自習という時間が与えられれば、しっかり自習をするような高校だった。
「生徒の自主性が重んじられている」と言えば聞こえはいいが、要するに冒険をしたり破天荒をしたりということのできない人間たちの集まりだった。
教師陣にも、それほど覇気を感じなかった。“文武両道”なんてことがスローガンになっていたが、はっきり言って、がんばる生徒が勝手にがんばっていたというようにしか、僕の目には映らなかった。
そんな中途半端な進学校だったので、東大に進学するような優秀なものから高卒に留まるようなものまで、能力的にはさまざまな層が存在していた。だからこんな僕でもたいして浮きはしなかったし、底辺の集団に属していても安心できた。
何が言いたいかというと、高校に対しては、いっさいの不満はなかったということだ。そういう意味では、平和で幸せな高校生活と言えたかもしれない。
そんな男子校から自殺者が出た。学校職員や教育委員会、PTAなんかはひっくり返ったのではないか。
ただ、僕らは、「同級生が自殺した」という情報が舞い込んだとき・・・、不思議なことに、それほど不自然に思うことはなかった。「そうなんだぁ」くらいの感じ方しかできなかった。
葬儀に参列すべく、クラス全員で彼の家を訪ねることが通達され、受験シーズンを終えたクラスメイトが久しぶりに一同に会することになった。そこは、合格組と浪人組とのはっきりとした明暗の分かれた立場の人間たちが集う、そんな再会だった。
多くの生徒は、他人のことなど構っている時期ではなかった。合格組は、大学生活に向けて希望に溢れる一方で、僕のような浪人組は明日からの身のフリを考えていた。
“青学”への進学を決めたヤツの浮かれたような態度に、僕はほのかな嫉妬を抱いたことを覚えている。漫然とときを過ごしてきたなかでの、はじめてのちょっとした挫折だった。
乾いた虚無感のなかで、僕は同級生の死を、どこか遠くの出来事のように感じていた。来年に向けての気持ちの切り替えと予備校へ通うための算段を練るなかで、「意外と簡単に人が死ぬこともあるんだな」なんてことを漠然と思っていた。
教師からは「自殺はよくない」なんてことが語られたが、僕のような個性のない人間は、自殺をするような度胸も念慮もなかった。
わいわいガヤガヤ・・・・・・、緊張が解けたのか、帰り道では、もう葬儀なんてなかったかのように、皆しゃべくりながら己の将来を打ち明けながら歩いていた。
これから銘々、それぞれがそれぞれの道を歩んでいくことになる。誰がいつ、どういう運命をたどるかわからない。僕らはもう、そういう「人は人」という“我関せずモード”に入っていた。連帯というか、共同という集団からの決別を意識しなければならない時期にあった。
だから、そのはじまりとしての彼の自殺に関して、すでに対岸の火事というか、他人事として感じようとしていたのかもしれない。
もう二度と会うことはないだろうという気持ちのなかで、「また、いつかどこかで」と、僕らは別れていった。
表向きは受験に失敗したからということになっていたが、本当の真意はわからなかった。見た目には“没個性”でも、最終的に自分を閉じるという選択を強いた彼の信条は、かなりのこだわりがあったのかもしれない。
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