第112話 男子校時代最後、いっときの夢
高校ネタが最近増えたような気がする。
それはきっと、「この時期の記憶をなんとかきれいな形で残したい」という僕の願望なのかもしれない。
だから今回は、冴えないDK時代に一瞬のきらめきを放った、僕にとっての一度だけの“夢の期間”を語らせてもらう。
大学受験に対してお尻に火の付きはじめた時期ではあったが、それは高校3年生の文化祭だった。毎年9月の下旬に行われ、男子校生が女子に触れることのできる、年に1回のチャンスだ。こんな僕にとっては、楽しみでもある一方、ツラい2日間でもあった。
すなわち、期待したことが何も起こらないということを繰り返した、過去の2年間だったからだ。
3年時の出し物は、クラスがまとまっていたせいもあってか(どうかは定かではないが)、喫茶店を出店しようということになった。
システムは簡単である。地元のお菓子屋数件から、当日の朝、大量にドーナツとケーキを購入し、それをちょっと加工して売りさばくという、至ってシンプルな横流し商法である。コーヒーやジュースも、ペットボトルをただコップに移すだけ。まあ、高校の文化祭なんてそんなものだろう。
教室の改装を整え、当日、僕に与えられた担当は、客の呼び込みだった。口下手でシャイな人間にそんな役割をさせるのもどうかと思ったが、そこはお互い様だった。快活な人間や運動部の連中は、運営に関わる作業やら、クラブでの催しやらに借り出されていたから、要は帰宅部のような連中しか残っていなかったというわけだ。
だがまあ、こういうのも慣れである。
最初はしどろもどろだったが、徐々に「いらっしゃいませ~♪ ドーナツいかがッスかぁ~♬」くらいは平気で言えるようになった。そのうち、「どこから来たの? 何高校?」なんていう単純な質問までなら、なんとかできるようになった。
まあまあ、そこそこがんばったとは思う。僕の呼び込みが、売り上げの一部に貢献したのは間違いない。
さて、営業が終わりかけたころ、教室の前に3~4人の女子高校生がいた。作業をする振りをして何気なく教室から出ようとしたときだった。
「あの~、すいません・・・・・・ これからちょっと時間ありますかぁ?」
んっ、僕ですか!?
信じられないようなことって起こるものだ。なんと、その女子高生らは――後で知ったが、1年生――、僕を目当てに出待ちをしていたってことだ。
途端にウエメセになって申し訳ないが、はっきり言ってそれは必然的なことだった。高校生活における最後のチャンス、僕は、この日のために時間をかけて入念に準備を重ねてきた。
まずは、髪型を変えた。決戦の日は友人と一緒に入店したのだけれど、地元の床屋からいわゆる美容院へと切り替えた。いまで言うところの“アップバング”だ。ヘアーカタログを見せながらカットしてもらった。
それから、以前は眼鏡をかけることが多かったけれど、コンタクトレンズに統一した。さらに学生ズボンは、当時流行っていたノータックのスリムラインのものを新調し、シャツは白シャツであればなんでもいい校風だったので、カジュアル感のあるものをメンズショップで購入した。そして、最後に革靴を買った。布製のデッキシューズを履いていたのだが、学生たちにとっての最高級ブランド、“リーガル”のローファーに変更した。しかもダーク・ブラウン。
さらにさらに当日は、フレッドペリーのストライプカーディガンを羽織るという離れ技をやってのけた――これは、センスのいい叔父さんから以前にもらったものだ。
トークは、前述のように慣れてくればなんとかなった。いざとなれば流行の音楽の話題なら、けっこう自信がある。あとは持ち前の高身長を活かし、切り札として“医学部志望”という、そんな万全な体制を敷いての文化祭だった。
努力って報われることもあるんだなぁ、そう思った瞬間だった。
それから、僕は1-2人の友人とともに数ヵ月間、おそらくは冬休みを越すくらいまで、ときどき下校途中に、駅構内の書店か駅前のファストフードで待ち合わせをするようになった。地元の市立図書館に立ち寄って、僕らは受験勉強を、彼女らは定期試験の勉強をすることもあった。
相手は高1だったし、「可愛らしいな」と思ったけれど、恋というにはちょっと遠い心のゆらめきだった。
「気持ちは止められない!」というアオハル感、エモ全振りで向かっていければ何か違っていたかもしれないが、ただ単に勇気がなかっただけだった。なんの経験も持たない17歳の童貞小僧が、格好付けてお兄さんを気取ってしまっただけなのだ。
冬のある日、「受験がんばって!」というような励ましの手紙とお守りをもらった。
がしかし、失敗した自分にとってそれ以上の進展はあるはずもなく、記憶だけの思い出となって、ずっと僕の心に眠り続けている。
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