第52話 執筆に向く人とは:こんな分析ができても面白くなければ意味はないのだけれど
物書きを本業にするにしても、医療の傍らで執筆活動を行うにしても、物を書くにはある程度の適性が必要だと感じている。そこで、物書きに向く人の特徴をまとめてみた。
その1:生産性のないことに面白さを見つけられる人
物書きに向いている性格は、生産性のないことに打ち込める人である。
素人がいくらエッセイを書いたからといって、読まれるとは限らない。むしろ、読まれない文章をいつまでも書き続けられる、ある意味、無頓着でお構いなしの性格が必要である。
もう少し言うなら、穴を掘っては埋める、レンガを積んでは崩す、雄鶏と雌鶏とを分けては混ぜるというような“生産性のない仕事の生産性を上げる工夫のできる人”が、物書きでいられる。
エッセイストには、日常のちょっとした出来事を不思議と感じたり、大衆的な考えに対して変わった捉え方のできる視点があったり、つまり日々の些細な事象にも興味を持てる感性が必要である。生産性のないような作業に小さなありがたみを見いだし、最大限のアウトプットを引き出せる人が、物書きに向いているといえる。
その2:自分を解放できる人
エッセイとは、日常の一コマを切り取り、他人とは異なる視点から洞察を加えることによって、ちょっと楽しんでもらうための文章である。
基本的に、フィクションや架空の出来事、嘘は書かない。自分の経験や知識、ときに失敗談や恥ずかしい過去を打ち明けることもある。エッセイを書くには自己の切り売りが必要である。優れたエッセイには、赤裸々とまではいかないにしても、リアルさがにじみ出ている。著者からしてみれば、少し恥ずかしいことも書かれている。
ぶっちゃけられる性格というか、自分をいい意味で解放できる人が、物書きには向いている。
高橋源一郎さんも、『デビュー作を書くための超「小説」教室』の自著のなかで、「書くということの中には、必ず自分を書くということが含まれる。自分について書いているから恥ずかしいのではなく、人に言わずに過ごしてもいいことを、わざわざ書いてしまうから恥ずかしいのです」と語っている。
物書きにとっては、書く行為につきまとう“恥じらいを意識する”ことが大切なのだそうだ。
その3:書物の内容よりもワンフレーズを味わえる人
読書好きな人が物書きに向いているというのは言わずもがなだが、読解力や本の内容の良し悪しを判断できるスキルよりも、ワンフレーズを味わえるセンスの方が、物書きには大切だと感じている。
すぐれた書物には往々にして、色めき立つような描写や、詳細を詰めるつまびらかな表現や、からくりを明かすような巧妙な言い回しや、“言い得て妙”的な喩えようのない形容に溢れている。
例を挙げる。
・「恥の多い生涯を送って来ました。自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです」(人間失格/太宰治)
・「香を嗅ぎ得るのは香を焚き出した瞬間に限る如く、酒を味わうのは酒を飲み始めた刹那に有る如く、恋の衝動にもこういう際どい一点が時間の上に存在しているとしか思われないのです」(こころ/夏目漱石)
・「夜があけて、朝がやってきて、すみずみにまで行きとどいている空の青さをみながら、目には映らないけれど、三束さんに教えてもらったそこにあるはずの無数の光のことを思い、仕事をし、そうしているうちに薄暮がおとずれ、毎日は何度でも夜になった」(すべて真夜中の恋人たち/川上未映子)
・「思い出は口から出て外気にふれたとたんに変質してしまう。真空状態にとじこめてなんとか色を保っていたバラの花びらを外に出したときのように、みるみる茶色にしおれてしまう」(勝手にふるえてろ/綿矢りさ)
いずれも艶めかしい表現である。
「この本はこういう趣旨の本で、ボクにとっては、こういう論考が役に立った」と感じる人よりは、「この本の、この部分の描写がこう表現されていて、ここに強い感動を覚えたよね」と感じられる人の方が、物書きには向いていると思う。
その4:頭の切れのよくない人
執筆を続けるというのは、どうひいき目に見ても、どんな強弁を振るおうとも、あまり賢い行為ではない。頭の切れのよい人は、自分の想いを瞬時に言語化して説得できたり、効率化を図って段取りよく進めたり、機転を利かせて爽やかに対応したり、優先順位を考えてメリハリよく仕事ができたりする。
執筆とは、その対極にあるような行為である。自分の想いを何度もこねくり回しては書き直し、非効率的な手法を取るから手間がかかり、機転とは名ばかりのひねくれたものの見方をしがちで、優先順位とはほど遠いダラダラした“ながら執筆”をしている。
村上春樹さんも、『職業としての小説家』のなかで、「小説を書くというのは、あまり頭の切れる人に向いた作業ではない」と断じています。「小説家とは、不必要なことをあえて必要とする人種である」と定義し、「頭の回転の速い人や聡明な人には、小説を書くような辛気くさくて鈍くさくて効率の悪い作業には向かない」と述べている。
頭があまりにも切れ過ぎるよりは、のんびり屋で、マイペースで、要領の悪いくらいの性格がちょうどいいのだ。
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