第101話 世の中を適度に渡っていくためのスキル
欲求を適度に発散するという行為が、ほどよい生き方には大切なような気がする。
そんななかで、まずは妻子のいる男性と恋愛を楽しんでいる友人について触れたいと思う。
30代の独身女性が、同じ会社の40代の既婚上司と恋愛関係にある。世間的には、まあ“不倫”ということになるのかもしれないけれど、現代においてはそう珍しいことではない。
「うちの会社にはそういう女子、けっこういるよ」と、あまり悪びれた様子もなく言う――ちなみに、医療関係者でないことを、あらかじめ断っておく――。
ちょっと許されない恋にハマる女の特徴として、寂しがり屋だとか、性欲が強いとか、あまり考えずに結婚したとか、恋愛経験が少ないがゆえに燃えるような恋を求めているとか、旦那への不満をうまく解消できないとか、非日常としてのスリルに快感を覚えるとか、そんな理由が語られる。
が、しかし、その一方でそれとは真逆な状態、すなわち生活が安定している女ほど刺激を求めたがるという傾向もある。
要するに、する人はするし、しない人はしないというだけである。
彼女が言うには、「年上の、しかも妻子がいる男ってのは落ち着いていて優しいし、経験や教養もある。相談も可能で、付き合うだけだったらメリットしかない」とのことだった。
学べることや吸収できることが多いのだろう。不特定多数というわけではなく、きちんとその人を好いている。実にシンプルでフランクな人間関係だ。
「上司には、『好きな人ができたらすぐに別れるから』と言われているし、ワタシも深くはのめり込んでいないよ」ということだった。近くにいる男性と気が合い、それがたまたま既婚者だったというだけのことである。
とまあ、ここまで読んでくれた方がいたとして、早速、反論が出るだろう。
「相手の奥さんに申し訳ないと思わないの」、「道徳心のかけらもないではないか」、「誰とでも付き合って鬼畜以下だ」と。
誰もが思っていることを言って申し訳ないが、「既婚者と付き合ってはいけない」と定義しているのは、世間だ。そして、さらに真実を言うと、そうあげつらっているのは、そうしたくともできない、所詮は恋愛に縁のない人たちだ。
もちろん人を傷つけるという行為が正しいとは思わない。犯罪につながる可能性があるようなら言語道断だ。
ただ、もし、誰にも迷惑をかけないとしたら、誰も傷つかないとしたら、そうした後ろめたい(とされる)行為のメリットというのは、絶対にないのだろうか。
現代社会において、誰もが抱えている肉体と精神とのバランス。そのバランスを崩すひとつの要因は、人は正しくあれ、真面目であれという呪縛だ。誰もが清廉潔白に生きなければいけない世の中というのは、なかなか面倒くさいし、正論や正義の押しつけの横行するご時世には息が詰まる。
背任や不祥事を許さないとする社会が構築されていくことに対して、多くの人は恐怖すら覚えているのではないか。
正しくあろう、真面目であろうとすればするほど、自分の不義や不満に気付き、結果、他人の幸福が妬ましく思えてしまう。そうして正義の押しつけがはじまる。そういう人たちの増える世の中を望む人というのが、はたしてどれくらいいるのだろうか。
そして、やっとここからが本題になるが、そうは言っても、こういう秘め事というか、ちょっとした不謹慎な行動というのはけっしてなくなるものではない。
それどころか、後ろめたいというか潔白でないというか、放言的なことや背徳的なことをソツなくこなす技術を有するものと有さないものとの差が、ますます広がる。
誰が何を言おうと、どんなきれい事を掲げようと、うまく異性と付き合える男女がいて、それによって私生活を充実させている人はいる。そして、別れを前提とした楽しい付き合い方のできる人たちがいるのも事実だ。
男の立場から言わせてもらうと、既婚者、未婚者に限らず女と付き合いたいなら、シンプルでフランクな女性を嗅ぎ分け、胸を触っても嫌がられないどころか喜ばれるほどの男になるよう己を磨くしかない。
そんな傑物になる自信がないようなら、世の中が指示してくるとおりの清廉潔白の退屈な人生を過ごし、麦ご飯でも食べているしかないということだ。
こんな窮屈な時代だからこそ、自分を許せる程度の後ろめたいことをたまにして、欲求を適度に発散する方がいい。
冒頭の彼女は、そうやって精神のバランスを保っている。そういう意味では、これからの世の中をうまく渡っていくためのスキルが備わっている気がする。
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