第105話 「近頃の若者は・・・」って言葉は使いたくないけれど

 20代の若者男子と社会活動関係のことで、何日か一緒に行動した。


 彼のことを僕は、東京の都会から福島の復興に参画する目的で、こちらに一定期間居を構えて活動し、一旗揚げて帰ろうという、良い意味で野心的なビジネスパーソンだと思った。

 国際基督教大学を卒業し、大手広告代理店に勤めていた、絵に描いたような優秀な若き青年である。趣味は読書に哲学。こう言ってはなんだが、こんな若者とコラボする機会なんてものは久しくなかった。


「なんで、こんな田舎の被災地に来たの?」という素朴な疑問に対しては、「以前の職場に限界を感じたので、まずは被災地で自分が何をできるか考えるために来た」という回答だった。


 被災地は関係ないとしても、若者が転職する理由としてはよくある。いわゆる“自分探し”というやつか。それはそれでいいと思う。チャレンジ精神は大切なことだろうし、環境を変えたくなる気持ちはわからなくもない。

 僕が以前、研究を目的に海外留学を希望した理由もそんなところだ。いまの現場に飽きたからである。仕事に行き詰まり、「次の一手をどうするか」と自らに問うたときに・・・・・・、すなわち、これまでのキャリアを一掃するのは少し気が引ける、かと言って、このままの仕事を維持するのは耐えがたい、と考えたときの有効な逃げ道が、自分にとっては英国留学だった。


 そんなつもりで来た青年だから、もちろんやる気はあった。被災地で暮らす学生たちのためのコミュニティの場を作るというのが、彼の考えたミッションだった。

 そのために無人駅となった駅の駅長室を改修することを思いつき、僕にはそこで設置する棚を作ってくれるよう依頼があったのだ。こちらにきたときに、見よう見まねではじめた日曜大工を趣味にしている自分にとっては、お安いご用だった。


 材木の選定や、デザイン、作業の工程などを話し合った。そこでまず思ったのが、「んっ、けっこうこっちに丸投げだな」ということだった。

 もちろん、木製品のことなどわからないと思うのだが、こちらとしてもコンセプトに合ったものを作りたい。そのためにはデザインやサイズなど、わからないながらも多少は提案して欲しかった。が、しかし、「このへんに置きたいので、どんな感じがいいですかねぇ?」というものだった。


 まあまあ、それもそれでいい。

 実際に作業がスタートした時点で「僕らはボランティアだから、言われたとおり無償で作らせてもらうけれど、たまには手伝いに来る?」と問いかけたところ、それに対しては、「はい、行けるときは行かせていただきます」と返答された。

 来たのはたった2回で、うち1回は納品のタイミングだった。


 まあまあ、それでもいい。

 ボランティアとはいえ、僕らは復興のためのお役立て木製品を、いつも真剣に真心を込めて製作している。いかなる発注形式であろうと、相手が誰であろうと、その目的に合致するものを作れれば、まったく問題ないというスタンスだ。


 1年ほど経ったときに、「いつまで福島にいるの?」と彼に尋ねた。

「来年のいまごろはきっといないと思います。だいたいわかりましたから、東京に戻ってまた新しい仕事をはじめてみたいと思います」とのことだった。

「それまでには、何か結果を出せそう?」と、さらに問うてみると、「結果を出すことが目的ではありません。自分に何ができるかを探ることが目的で、この地でのいまの行政の仕組みだと、ここまでかと思います」と、実に歯切れよく答えてくれた。

「まことにもって、賢くて合理的だな」という感想だ。


「ビジネスとは何か?」、一般的には「請け負った仕事に対して、最高のパフォーマンスでそれに応える」というのが、きっと正解なのではないかと思う。

 が、医者しかしてこなかった人間が偉そうなことを言えた義理ではないが、それでも、多少被災地で社会活動をしてきた人間から意見を加えるなら、「相手のことを考えると、その人の夢を実現させるためにこちらもワクワクした衝動を抑えられず、愉しみながらついつい没頭してしまう。それが仕事で、そんな気持ちで取り組めたら本望だ」ということである。別な言い方をすると、「次にまた同じ相手と仕事をしたいと思うかが、仕事だ」ということだ。

 そして、さらにもう一言付け加えさえていただけるなら、「できることを正確にするのは、仕事として最低限大切だけれど、特に被災地での“社会活動”は、できそうもないことを、どういう形にせよなんとか達成する」ということも必要で、“どうにかする力”を養う場でもある。


 その他、彼との会話のなかで印象に残っているやりとりについて列挙する。

・「お金は主に何に使うの?」 → なんすかね・・・、貯めておいてときどき服を買ったり、仲間と温泉に行ったりしたときに使いますね。車は絶対に要りません。高級時計も欲しいとは思いません。スマホがあれば時計代わりになるじゃないですか。

・「休みの日の友だちとの過ごし方はどんなの?」 → BBQが最高ですね。キャンプ場とかに仲間を誘って行きます。気心の知れた友人たちとの会話が何より楽しいです。

・「女は好き?」 → はい、もちろん、前の職場で知り合った彼女がいますから。彼女は、まだ前の職場に勤めています。

・「東京に戻って何するの?」 → こっちでの経験が活かせるかわかりませんが、全然関係ない新しい仕事にチャレンジしてみてもいいかなと思っています。


 これからの日本を背負う若者ってこんな感じなんだな。堅実的と言おうか、無駄がないと言おうか、合理的と言おうか、なんだか少しだけ違和感を覚える青年だったけれど、まあ、そういう時代だ。

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