第74話 3.11から:長期支援の挫折とは
“東日本大震災”から10年、僕がいま福島でこうしているのは、この震災があったからだ。
震災の話しはコリゴリだし、いまさら面倒だし、何を言っても退屈だし、というのは承知のうえだが、この時期だから一応の節目として、この未曾有の災害を、特に支援に来た人間の立場から語っておきたい。
「医療支援に来た」という言葉だけを額面通り受け取れば、「さぞ思いきったことを」と思われるかもしれないが、医者というのは“場”の問題であって、やっている行為は被災地だろうが、紛争地帯であろうが、離島であろうが、歌舞伎町であろうが同じである。そこにある医療資源を用いて、どこまで診療を実践できるかを探っていくだけである。
インフラの破壊されたこの被災エリアにおける医療行為が、なかなか思い通りにいかなかったことは事実だが、それを承知でやってきたのだから、とやかく言ってもはじまらない。
ボランティアというのは本来そういうもので、手伝いに来ておいて「あれがない、これが足りない」と言っても何の発展性もない。粛々と、いまできる支援を模索していくだけだ。
地震や津波に限らず、いまや日本中どこでどういう災害がどの規模で発生するかなど、まったくわからない。そのたびにきっとボランティアと称して現地に赴く人が増えるだろう。もちろん、それは大切なことだ。
短期的な目先の問題に対する支援を目指すのであれば、やれることは限定的なので、「あそこの瓦礫を片づける」や「あの人の、あの課題をクリアする」などというように、目標も立てやすく援助のやり甲斐もある。最低限、食事と宿との手配さえしっかり確保したうえで来るのであれば、とりあえず歓迎される。
だが、長期的な支援を目指すなら、方向性を見誤らない工夫が大切である。裏を返すと、長期支援に挫折する特有の“勘違い”があるということだ。
まず第1に、「結果が出ないのは個人の裁量不足だし、そもそも結果なんか期待するな」ということである。
よく、被災地で産業を興そうと企ててやってくるものがいる。企業誘致の計画推進に乗るというのならまだいいが、「事業化できることはないか」という一途な想いでやってくるものがいる。熱意は感じるが、うまく地元のニーズを考えなければ、自分のできることと相手の求めていることとのマッチングがうまくいかない。
厳しい意見になるが、ヨガやピアノ教室、喫茶店や花屋をはじめても、それだけで事業が成功するとは限らない。事業が成功しなければ結果が出なかったということで、「せっかく支援のためにやってきたのに、地元は協力してくれなかった」ということになる。
「いや、自分のリサーチ不足と地元への貢献度不足でしょう」と言いたくなる。
第2に、「風化させてはならないと思っているかもしれないけれど、風化しなければ何も進まないこともある」ということである。
支援者は、とかく「この震災を風化させてはいけない」ということを考えるけれど、被災者にとっての風化は必ずしも悪いことではない。忘れなければ前に進めないこともある。心の癒しには、一定の時間が必要だ。記憶は少しずつ曖昧となり、トラウマやPTSDといったものと折り合いをつけていく。「行動を起こすまでには時間と、それに伴う忘却とが必要だった」と打ち明けてくれた住民を何人も見てきている。
「震災を忘れない」と声高に叫んでくださる支援者のお気持ちは嬉しいけれど、せっかく忘れかけている人の気持ちまでも呼び覚まさないで欲しい。
第3に、「役目を終える、時の判断を怠るな」ということである。
NPO活動なんかに言えることだが、「継続が大事だ」と捉えるあまり、そのこと事態が目的化してしまうことがある。
『料理教室』を継続することによって、食事の楽しみや栄養管理法やコミュニティの場を提供し続けたいとするコンセプトは立派だが、そういう場所作りを営利目的ではじめた人がいることを考慮すると、NPO活動が地域を活性化させるとは限らない。その人たちの仕事の場を奪うことになる。
良いことをしているのは間違いないので、自覚のない正義の押し付けがはじまる。地元の人たちの気遣いによって仕事や場が与え続けられるという変な逆転現象が起こる。すでに需要はないにも関わらず、事業の継続だけを目的とするあまり、現地に負担をかけ続ける支援者がいる。
「代行できるシステムが構築されたのだから、中止の時期を見誤るな」ということである。
勝手なことを、やや強い論調で述べてしまった。
この10年間にたくさんの支援者を見てきたが、そのほとんどの人は、すでにいない。彼らにも生活があるから、この土地で長く暮らし続けるメリットはそう多くないのかもしれない。
帰郷することを非難したいわけではない、帰る場所があるのはいいことだ。撤退したくともできない己を奮い立たせたいがために、こんな考察を導き出してしまった。
もっとはっきり言うなら、戻る所のない僕の寂しさがこれを書かせたのかもしれない。
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