第128話 キミヨちゃんの想い出:不良少女とは呼ばなかった
小学校のクラスメイトに、当時はそれほど目立つというわけではなかったけれど、僕のなかではとても気になる女の子がいた。
名前は、“キミヨちゃん”。華奢な体をくねらせるような仕草と、子供とは思えないような切れ長の目つき、発育が他の生徒より速いわりには、ちょっと高い声。髪の毛を長めにセットし、原色系の服を着ていることが多かった。
この歳で、もうすでに色気というか、もっと言うと、妖艶さを身にまとったような子だった。
シャイな僕が仲良くなれるはずもなく、話しかけることすらためらわれた。遠くから眺めるだけで、この子はちょっと普通と違うなぁ、なんてことを思っていた。
5年生か6年生のときだったと思う。席替えが行われて、僕はその子の隣の席になった。当時の僕の学校は、男女がペアになって座るというものだったから、当然、もっとも身近なところで彼女の吐息を感じることになった。
きっかけは“バナナ”だった。給食で出されたそのバナナは、彼女にとってあまり好ましい食材ではなかったのかもしれない。あるいは、少し黒ずんでいたからかもしれない。食べにくそうにしていたので、僕は、「どうしたの?」と尋ねた。
彼女からは、「あんまりおいしそうじゃないから・・・」のような返事を聞かされたと思う。
「ん、ちょっと色が悪いね。僕のと交換してあげる」と言って、すばやく取り替えたのだ。
「ありがとう・・・」
その後、そのバナナをおいしそうにたいらげたのか、普通に食べたのか、あるいは、やっぱり「バナナはあまり好きじゃないから」と言って残したのか、その記憶はもうない。
それがきっかけだったかどうかは定かでないが、打ち解けるに従い、僕らはずいぶん仲良くなった。授業中くっちゃべっていたら、あまりにうるさいということで二人して注意を受けて、教室の後ろに並んで立たされたことがあった。昔はそんな罰がまだまだあったし、さらに言うと、立たされたというのにそのなかでもまだしゃべり続けてしまい、最後には距離を離すよう、さらに注意を受けた。
僕にとっては気さくで、面白い子だった。小学校の想い出のなかにおいて、唯一この時期だけは、周囲と社交的に振る舞えたような気がする。が、その一方で、通知表に「授業中、クラスメイトとふざけていることが多い」と書かれて、両親に叱られた。
運動神経が良かった点も、僕にとっては好ましかった。特に器械体操がうまく、かけっこや走り高飛びなんかも得意だった。実は僕も、球技に関してはてんでダメだったけれど、脚だけはわりと速く――それも、小学生の間だけだったが――、男女の部において、二人そろって“クラス対抗リレー”のアンカーを務めたことがあった。
僕は、彼女の走りを感嘆と狂喜とをもって応援した。結果は忘れてしまったけれど、「がんばろうね」と声をかけられて、鉢巻きを締めてもらったことを、強烈な印象で覚えている。
勉強に関しては・・・、まあそれは正直言って、それほどではなかった。僕のほうがぜんぜんできたので、それにあやかりたいと考えた彼女から、「おまじないになるから」ということで、テストのときにエンピツを貸してくれるようお願いされたことがあった。
なんかちょっと冷たく近寄りがたいオーラがあって、必ずしも人気があったというわけではなかったけれど、(僕にとっては)けっこう気の合う・・・、もう一度言うけれど、(僕にとっては)とても感じのいい、素敵な女の子だった。“二人だけの秘密”、みたいなこともできたような気がする。
ただ、ちょっと小耳に挟んだ噂では、彼女は母子家庭で、母親の仕事はスナックというかパブというか、そういうところに勤めていた。もしかしたら家庭では何かあったかもしれないが、当時の自分からしてみれば、そんなものはまったく関係なかった。
生意気なことを言うけれど、僕のなかでの“好きな子ランキング”では、ベスト3にランクインされる子だった。
「また同じクラスになれたらいいね」なんてことを言いながら、必然的に、お互い地元の同じ中学校に進学していった。
が、しかし・・・・・・、その念願はかなわず、中学の3年間は一度も同じクラスになることがなかった。そして、中学に入ったころから、彼女の様子は少しずつ変わっていった。
僕にとっては、いままで通りの付き合いを続けたいひとりの女友だちだったので、変わらず接していたかったのだけど、途中から不良っぽい振る舞いをするようになっていった。
違うクラスからでは詳しい人となりや正確な行動を捉えることが困難になってしまったが、ときどき見かける彼女の姿から察すると、ちょっとずつ浮いた存在になっていったような気がした。
彼女の変化は別としても、僕にとっての中学は、イマイチな場所だった。思春期における多感な少年少女の過ごす場所という側面はもちろんあったと思うが、いじめや非行といった問題を抱えたけっこう荒れた中学校だったと思う。
僕なんかは内気、弱気、陰気の三拍子というか、“三気”のそろった生徒だったものの、変な悪目立ちがなかったから救われていたのかもしれないが、成績の悪い子や要領の悪い子、また逆に、妙に正義感ぶっている子や鼻持ちならないような生意気さの漂う子は、ものすごく理不尽な扱いを受けていたかもしれない。
いじめのターゲットにされた人物なんかは一生のトラウマを残したであろうし、あんな環境のなかで素直に成長できた子は、もうそれだけでひとつの才能だったと思う。
かつて、僕をちょっと社交的にしてくれた彼女は、少しずつグレていった。
本当の理由はわからなかったけれど、やはり家庭に問題があったのかもしれないし、もっと他に何かがあったのかもしれない。
でも、彼女の変わりようは、いじめられないためのひとつの防衛策だったのだと思う。なぜなら、教師たちが、彼女の家庭環境について話し合っているのを聴いてしまったことがあるからである。そういう生徒は、いじめたい子たちからしてみれば格好の餌食だ。このままだったら、彼女がいじめの対象になるのは、きっと時間の問題だった。
校舎のなかでときどき見かけることはあったが、話しかけられるような雰囲気ではなくなった。彼女の素行の悪さがときどき耳に入ってきたけれど、それは、他の生徒をいじめるとか、校則に違反するとか―制服の長さや髪型では、おそらく違反だったろうが――、軽犯罪的なことをするとかではけっしてなく、ただ単に学校に来ない、もしくは体育をサボって途中で帰るという、ごくごく気まぐれ的な行動のようだった。
そして、不良といっても、似たような連中とつるんでいる様子はなく、どちらかというと独りでいるほうが多くなったような気がした。
小学校時代にちょっと仲が良かったからといって何かができるという、そこまでの間柄ではなくなった。なすすべもなく、やはり遠くから眺めるしかなくなってしまった。
彼女を見るにつけ、遠くに行ってしまった寂しさと同時に、どうしようもないやるせなさを感じるだけだった。
要するに、ただ単に、情けないことに・・・、僕には勇気がなかった。
そんななかでのある日、下校途中の彼女に会った。それは、3年生になってからだったと思う。
彼女は、ちょっとだけ驚き、そして一瞥をくれた。が、それ以上に話しかけてくることはなかった。とっさのことだったので、やっぱり自分も何もできなかった。だけど、その一瞬の彼女の瞳から、何かを言いたかったのか・・・・・・、何かを訴えたかったのか・・・・・・、僕は何かしらの叫びを聞いた気がした。
中学卒業とともに彼女がどうなったかわからない。高校には進学しなかったようだ。
僕にだけ見せていた彼女の笑顔が、どんどん失われてしまったことが、とても悲しかった。そして、見当違いとは知りつつも、中学教育に対して何とも言えない憤りと虚無感とを抱いた。
“不良”というような子たちは、いまはどうしているのだろうか・・・。現代でもそういう子たちはいるのだろうか・・・。僕はよくわからないが、でもいじめはずっと続いている。だからと言って、「日本の教育の失敗だ」とか、ひいては「社会の仕組みの問題だ」と言うつもりはない。“グレる”は逃げ道としても、防衛としても、子供にとっては理に叶った対策法だからだ。
素直で、明るくて、人懐っこくて、純粋で、可愛くて、素敵だった彼女に何があったのだろうか? 大人になるにつれて、何かしらの理由があって、そのままではいられなくなった・・・・・・。きっとこの世は、理不尽と不条理でもって、純粋であり続けることのほうが難しくなっているのだろう。
ちょっと陰りがあって、いくぶんツンとしていて、やや不器用で、こころもちお調子者で、少しマセた女の子。そんな女の子を見ると、僕は、「がんばれ!」と思ってしまう。
キミヨちゃん・・・・・・、意外といまは幸せな人生を歩んでいるかもしれないし、僕だけがいつまでも気にしているだけかもしれない。そう願っている。
ただあのとき、下校途中、彼女が何を言いたかったのか、いまならなんとなくわかる。
「ワタシはこうするしかなかったのよ・・・・・・」
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