第41話 動物好きな難病患者から:「動物の病気はがんばれば治るから、ワタシもがんばれます」

 “シャルコー・マリー・トゥース病”は、末梢神経の障害される遺伝子異常に伴う病気の総称である。

 足や手の先の筋肉が、進行性にゆっくりと痩せていき、痛みや冷たさに対する感覚も鈍くなってくる。難病であり、基本的に治療法はない。


 18歳で発病し、現在37歳の女性患者を診療している。

 偶発的な合併かもしれないが、心臓弁膜症があり、20代で心臓手術も受けている。さらに、骨粗鬆症のために脚の骨を2回折り、またさらに最近、網膜色素変性症という目の病気も加わった。

 父親はすでに亡くなり、母親と二人暮らしである。兄と妹がいるが、いずれも結婚して県外に出てしまっている。

 まだ歩けるので、ゆっくり自分の脚で僕の外来に通っているが、それだけ聞くと、本人だけが運命を背負い、なかなか大変な状況にあると考える。

 にもかかわらず、彼女はいつも明るい。至ってマイペースだ。それがいつも不思議だった。


 ある日の診察のなかで、「けっこうつらいと思うのですが、いつも元気ですね」と声をかけてみた。

「はい、なるようにしかならないと思いますので、いまできることをやるようにしています」とのことだった。


「どうして、そんなに明るいのですか?」

「これでも心臓の手術をした20代の頃はだいぶ悩みました。外科の先生から『子供は産まない方がいい』と言われましたし、歩けなくなるから、将来は車椅子になるのかなと思いました・・・・・・。ですが、いまは吹っ切れています」

 そんなショックなことを言われて、簡単に吹っ切れるものだろうか。


「病気でなかったら、やりたいことがあったんじゃないですか?」

「ワタシは、あんまり勉強は得意でなかったから、頭より体を使った仕事に就いていたと思います」

 彼女のその快活な性格なら、営業でも販売でも製造でも、なんでもできたであろう。


「ワタシ、このとおり童顔なので、数年前まで、『高校生?』って聞かれたこともあったのですよ」

 童顔と言えばそう見えなくもないが、いつも笑顔だから、他人はそう感じるのだろう。

 はっきり言ってしまうが、特効薬のない本疾患の診療においては、生活上の注意と世間話で終わることが多い。

 だから、毎回こんなやり取りだ。


「いまできることって、例えば何ですか?」という質問を最後にしてみた。

「できれば動物の保護施設を作ってあげたいと思っています。いま、犬と猫を2匹ずつ飼っているけれど、全部保護してきたものです」、「会社の敷地に捨てられていた4匹の猫のうち2匹は里親が見つかったのですが、2匹は見つからなかったのでワタシが飼っています」


 なるほど、動物が好きなのだ。

 自身に健康問題があるから、弱いものに同情の目を向けるのだろう。わかりやすい理由ではあったけれど、だからと言って誰にでもできることではない。


「そうですか、大切なことです。でも、それも大変ですよね」

「ワタシのやっていることは、小さな保護活動と同じですから、それを広げるのは、人とお金さえあればできることではないかと思っています」

 まさにそこが一番重要で、それがないから保護活動は難航するのだ。しかし、彼女にとって夢は大切である。希望が何より大事である。


「動物の保護活動について、ときどきテレビで放送されていますから、そういときは僕も観ます。病気だったりすると厄介ですね」

「んっ、先生、人間のお医者さんだけど、動物の病気にも詳しいんですか?」

「はい、父が獣医ですから、自分も子供の頃に手伝わされました。昔、実家でも犬と猫を飼っていましたしね」

 手伝っていたといっても、父の専門は大動物もしくは家畜で、特に乳牛だった。犬猫は、ご近所さんが連れてくるので、お金を取らずに仕方なく診ていたというくらいだった。僕は僕で、そんな父の“闇”診療を興味本位で、たまに覗いていただけだった。


「そうなのですね、それは知りませんでした。じゃあ、これから動物に何かあったら、先生にまず相談しますね」

 少し勘違いをさせてしまったけれど、彼女の夢を壊すようなことは、なるべく言いたくない。

「はっ、はい。わからなかったら父に連絡くらいはできます」

 僕だって動物好きということに、嘘はない。


「動物の病気は、ワタシの病気と違ってがんばれば治ることが多いから、ワタシもがんばれます・・・・・・」

 当たり前のことだが、病気と闘っているのは何も人間だけではない。彼女のこの言葉が、僕の耳にいつまでも消えずに残っている。

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