第22話 音楽・バンド活動から:趣味からコミュニケーションへ
大学生のとき“軽音学部”に所属していた。
医学部にもそんな部活動はあって、音楽好きな人間は、けっこう真剣に活動していた。
大学に入学した頃、世の中はバンドブームで、ちょうどビジュアル系バンドの全盛を迎えるときだった。当時の若者には誰でもそんな傾向があり、僕も例に漏れず高校生くらいから音楽を聴くようになった。その流れで、実際に演奏できるようになれば楽しいし、バンドを組めばカッコいいかなと思って入部したのだ。
僕らの学年は、ちょうど4人が入部した。うち2人はギターとベースの経験者だったが、自分はまったくの初心者だった。
余っているパートは、普通に考えればボーカルかドラムということになるが、楽器演奏を習得したいのと、強烈に音痴なのがわかっていたので、迷うことなくドラムをはじめた。
暗い性格なわりには――いやむしろそういうヤツに限って多いのかもしれないが――、ハード系の音楽を好んで聴いていた。同期の3人もそうした派手目のロックが好きだったので、自然とそういう選曲でコピーを開始することになった。
ロックの基本であるところの簡単な“8ビート”くらいは、わりとすぐに叩けるようになった。フィルインはまだまだぜんぜんできなかったけれど、単純な曲調のものだったら一曲をとおして一応の形になった。初心者が最初に演奏するヴァン・ヘイレンの『ユー・リアリー・ガット・ミー』や、レインボーの『シンス・ユー・ビーン・ゴーン』なんかだ。
いまから考えると少し恥ずかしいのだが、髪は長めにセットした。メタルの聖地と言われるような“目黒鹿鳴館”にも、ライブを聴きに行った(XJAPANやGLAYがインディーズ時代に活動拠点にしていたライブハウス)。
まあまあそれはそれで楽しい日常だった。部活動の範囲ではあるが、音楽を聴き、演奏するという日々の生活によって僕は、一定の快楽を得ていたし、時代の波に乗った活動に対して得意げでもあった。
部活動の定番であるところの、学園祭の前夜祭で、そのときはZIGGYやHANOI・ROCKSの楽曲を演奏して場を盛り上げた。
そういうことを通じて、「医者をやりながら(あるいは医者にならずに)プロを目指した」というなら、まだ話しの発展性はあるが、趣味の域を越えない、たかが大学のバンド活動について、取り立てて述べる必要は、基本ない。
結局のところ、医者になるための病棟実習や国家試験の準備が慌ただしくなってきた5年生くらいの時点で、この活動も終演を迎えた。
「いい思い出で終わった」ということなのだが、僕にとって一時のバンド活動というのは、音楽における意義深さを、おそらくは生涯味わい続けられるようになったということでは、とても有益な経験となった。
それからロックバンドをやっていると、太ってはいけないという意識が猛烈に働いていた。
ギター、ベース、ドラム、そしてキーボード程度の音色なら、あらゆる曲において聴き分けられる。そして、メロディー、コード進行、構成、歌詞といったものを何の気なしに理解することができる。
そういうことができるのとできないのとでは同じ曲を聴くにしても、きっと深みが違うような気がする。
料理を食べて、ただ美味しいと感じるのではなく、素材や調味料、調理法がわかって食べるのとでは少し味わいが違うように。
もちろんそれは音楽に限った話しではなく、スポーツにしても、芸術や芝居なんかにしても、やったことのあるのとないのとでは、その対象物を鑑賞したときの感じ方が違う。
そういう意味では、音楽に関するウンチクをただ少し語れるというだけなのだが、それでもそれってけっこう大事なことのような気もする。というのは、音楽は大抵の人が聴いているし、意図せずとも日常的に流れているし、少しだけ話題やコミュニケーションの対象になるからだ。
入り口はハードロックだったが、その後において、ジャズやクラシックといったジャンルの音楽にも興味を抱くことになった。
とくにクラシックに関しては、なぜこのような音楽が400年という長い歴史の風雪に耐えて、いまもなお語り継がれ、繰り返し演奏し続けられているのかを考えると、それだけであらゆるテーマの議論や応用につながる。
パーキンソン病と闘っている60代の患者が、趣味を持ちたいということで、歌を習いはじめた。喉のリハビリという目的もある。
「どんな歌を唄うのですか? 演歌とか民謡とかですか?」の質問に対して、「何を言っているんだい先生、若者の歌ですよ!」とのことであった。
「“米津玄師”とか“ヒゲダン”とかです、どうせ唄うなら若い人の歌を唄って元気になりたいですからね」
それはもう、びっくりでした。
すべての年齢の人に言えるが、明らかに音楽に対する関心が低下しているように思う。紅白を観なくなり、CDの売り上げが低迷し、バンドブームも去った。
であるとしても、いずれ必ずおとずれるであろう加齢のために、せっかくやっていたのだから、バンド活動を再開した方がいいかな。でも、ハードロックやビジュアル系バンドのコピーは無理だろうな。その前に、一緒に組んでくれる仲間を探さないと。
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