第14話 初恋から2:「神様ってけっこういくつも試練を与えるのね」

 「旦那さんといるのが苦痛なの・・・・・・」


 懐かしいとはいえ再会して間もない――というより、メールだけのやり取りで会っていないのだが――、どうひいき目にみても旧友くらいの関係の僕に、そんなことを打ち明けるだろうか。

 逆に遠い関係だからこそ打ち明けられたということなのかもしれないが、それにしても夫婦の不仲というのはよくあることだろうし、他人の介入できる問題ではない・・・・・・。と、そのときは思った。


 彼女は短大を出てから、都内の大きなコスメショップに就職した。アロマやハーブといったものにも関心を持っていたようだ。長く勤め続けていたが、そこで知り合った男性との別れとともに、彼女もそこを辞めた。

 その後は呉服屋やドラッグストアなどの職場を転々とした。

“詩”を書くことに興味を持ち、副業として作詞家のような仕事も請け負っていた。メジャー歌手に詞を提供した経験もあったようだが、「そういう人は掃いて捨てるほどいて、結局ものにすることはできなかったのよ」と自嘲気味に語った。

 結婚の縁に恵まれず、その後に付き合った男性とも別れてしまった。


 結婚相談所で2番目に紹介された男性から、「理想的な女性だ」と告白された言葉を信じ、彼女は結婚を決めた。

 夫となった人は、悪い人ではなかった。どちらかというと堅い仕事だし、浮気をするような人でもなかった。でも、「愛情を感じるような人ではなかった」と彼女は言った。

 何かに満足できない日々が続いた。

 だから、2匹の小さな犬を二人で飼った。夫はかいがいしくその犬の世話を焼いてくれた。でも、人間に対しては違っていた。

 それが決定的だったのが、彼女が腰を痛めて動けなくなったときだ。夫は何もしてくれなかった。

 このとき、「この人は人を愛せない人だったのだ」ということに気付いたのだ。


 僕は、聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がした。せめてものお詫びというかお礼に、自分の離婚遍歴について説明するしかなかった。

「僕の場合は、お互い忙しい身の上だったし、すれ違いだった」、「最後は、最低限の関係をつなぎ止めていた、相手を敬う気持ちにもヒビが入った」と。


 続いて、僕が初めて恋をした中学時代の事実も知ることになった。

 そのとき彼女の母親は、胃がんによって入退院を繰り返していたのだ。父親の、母に対する関係は乏しく、ほとんど家に帰ってこなかったそうだ。大人の事情とやらかもしれないが、どこで暮らしているのかすらわからず、いずれにせよ彼女は、妹と二人暮らしに近かった。叔母に面倒をみてもらっていたそうだ。

 だから、いつも憂いに満ちたような顔をしていたのか。どうりで、悲しげな瞳をしていたわけだ。

 当たり前かもしれないが、そのときの僕は本当に無力な、ただのガキだった。


「母親は、私が17歳のときに死んだわ。それから父親も出て行ってほとんど会っていない。そんな家庭だったから、私は幸せになりたかった。でも、神様ってけっこういくつも試練を与えるのね」、「せめてもの救いは妹だけ。嫁いで、子供も生まれて、それなりに幸せに暮らしているわ」


 SNSの写真は、せめてこんな行動を起こすことで、夫への愛情を示せるかどうかを試してみたかったのである。

 彼女は離婚するかどうかで迷っていた。

 この歳で独りになって、経済的な心配、もう少し歳を取ったときの寂しさ、世間体や職場関係、すべてにおいてデメリットしかない。


 でも彼女は、別れる道を選んだ。


「木痣間クンと再会して踏ん切りがついたわ。これで良かったの。好きでもない人と、この先何年も一緒に暮らしていくことなど到底できなかったから」

 僕にも責任の一端があるのだろうか?

 おそらく、いやきっと確実にある。僕が自分の経験を言って聞かせたからだ。それによって背中を押してしまったからだ。


 陽炎のような初恋の思い出は、急に生々しい現実となった。「けっこうよくある話しじゃないか」と言われればそれまでだが、果たしてこれから、彼女とどう関わったらよいのか。

 あの物憂げな表情をこれからも見届けていくべきなのだろうか。


 しかし、もうすでにその道を僕は歩みはじめている。

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