第71話 LGBTの後輩から:本当に申し訳なかった

 今回の投稿は単なる反省文であって、あまり深い考察的・分析的内容でないことを予め断っておく。


 “LGBT”をセクシュアル・マイノリティ(性的少数者)と言ってしまうとレアな人物と思ってしまうが、実はごくごく身近にいることもある(2015年、全国69,989名にスクリーニング調査を実施した電通ダイバーシティ・ラボの調べによると、日本におけるLGBTの割合は、人口の7.6%であった)。


 研修に訪れたその男子は、ちょっと線は細かったけれど真面目なタイプだった。言われたことは素直に従う。診療に対する能力では、まったく手のかからない優秀な研修医だった。電子カルテは難なくこなし、手技的にも器用だった。

 タイやカンボジアなどの東南アジア、あるいはフランスへの旅行が好きで、NGO的な支援もしたことがあると語った。だから、消極的な性格だとはけっして思わなかった。


 が、しかし、僕の診療のスタイルに対しては、ちょっと難があった。


 地域医療に重点をおいた僕の診療科は、何かと人との関わりが多い。そのひとつが訪問診療だった。患者宅まで往診するわけだが、それだけでは終わらない。大きな声では言えないのだが、診療が終わると、仲良くなった近所のお宅にお邪魔してお茶を一杯ごちそうになったり、NPO団体の事務所に顔を出して近況報告を聞いたりしてから帰るのが常だった。

 そうした地域との触れ合いは貴重な経験になる。被災地病院を研修先として選んだのだから、当然、興味深く取り組んでもらえると思った。

 だが彼は、人と話しをするのが、ものすごくしんどそうだった。特に、初対面の人との会話では、体力の消耗が激しかった。しばしば帰院した後の昼食を摂ることができず、寝込むこともあった。

 そして、ついには「訪問には行けません」と言い出したのだ。


 正直なことを明かすと、僕はだいぶ面食らってしまった。「せっかく被災住民と話せるチャンスを作ってあげているのに・・・、行かないとはどういうことなのか・・・」と。

 まあでも、人にはペースというものがある。向き不向きというものも当然ある。対話の苦手な人だっているだろうし、そろそろ研修の疲れが出てきてもおかしくない。彼のペースを優先し、僕は、無理なくやれるよう研修スタイルを改めた。


 ところが、次の麻酔科研修に対しては、十分な戦力として機能した。それは、対話の少ない診療科だったからかもしれない。要は、能力は高いのに、ちょっと対人関係を築くのが苦手といういまどきの若者の印象を残して、当院での2年間の研修は修了した。


 次いで専門課程に入るのだが、彼はそこで一旦、臨床研修を中断した。理由はわからなかったが、プログラミングの専門学校に通い、やはり海外研修を経ながらそこで2年間を過ごした。ある種の資格を取得し、その後、ようやく東京の病院で麻酔科医としての仕事をはじめた。そして、1年が過ぎた。


 ある日突然、彼のSNSにこんな投稿文章がアップされた。

「悩んでいても仕方がないので、行動を起こすことにしました。LGBT専用の婚活サービス“リザライ”に登録したところ、コンシェルジュさんがとても親身に話しを聞いてくださいました。期待できそうですので、本格的に旦那さんを探したいと思います」


 自分がゲイであることをカミングアウトしたのだ。僕は、胸が張り裂けそうになるほどのすまなさを感じた。2年間の研修中、彼はずっとずっと悩んでいたのだ。それは、食欲もなくなるし、人と話すのも億劫になる。閉じられた日本を離れて、性に対してもっとオープンな国に行きたがるのも、いまとなっては納得のいくところである。

 なぜ気づいてあげられなかったのか・・・・・・。研修指導で、こんなに後悔と反省をしたことはない。


「セクシャル・マイノリティは、自らが望んで非典型的な性自認や性指向をもったわけではない。したがって、皆との違いを自覚してもそれを変更することはできない。一般的な価値観と自分のありようの齟齬が、自尊感情を傷つけ、メンタルヘルスを悪化させる。また、自分でも“恥”と感じ、周囲になかなか打ち明けられず、適切な援助から遠ざかってしまう」ということを頭では理解していたつもりだったが、そうした“性同一性障害”や“トランスジェンダー”のような人が、こんなに身近にいたとは。


 僕は、自己をさらした“おねえ”系の人が、割と好きだ。突き抜けているというか、開き直っているというか、とにかく肝が据わっている。苦悩を乗り越えてきた先にたどり着いた、ある種、清々しいほどの矜持を感じる。

 マツコDXが人気を博しているということが、何かにつけて生きにくくなった世の中にくさびを打ち込みたいと願う人による賛同の証左なのかもしれない。


 多様な人たちを包含できる世の中であるに越したことない。「子孫を残せない」という批判があるかもしれないが、そういう意味で言うなら僕も落伍者である。窮屈な世相に風穴を開ける可能性を秘めている彼(女)らを応援したい。

 今回のことでは、本当に申し訳なかった。同じ轍を踏まないように、これからはそういう人が身近にいるかもしれないということを考えながら、細心の注意を払って行動していきたい。


 その後、彼のSNSにおいて、はじめてゲイバーに行ってきたという投稿がアップされた。

「同業者に囲まれているのは、なんとなく安心するというか、とても居心地が良かったです」

 僕と居ても、僕がわかってあげられなかったから、彼の居心地はとことん悪かったのだ。


 同じ職場のあなたの隣にも、そうして悩んでいる人がいるかもしれませんよ。

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