第34話 シングルマザーから:お母さんのような看護婦さんになりたい
他人のことを言えた義理ではまったくないのだが、僕の周りには、シングルマザーがけっこういる。
看護師をはじめ、医療職に就く女性は優しく世話焼きが多いから、“ダメンズ”と付き合ってしまうケースが多い。だが、資格を有する彼女たちは、いざとなれば自活できる。そういう理由から離婚に踏み切るケースが多い。これはまあ、よく言われることである。
両親が健在で、子供の面倒をみてくれる人がいる場合というのも、けっこう離婚を後押しするようだ。じいちゃんとばあちゃんに預けて、自分は働きに出られるからだ。
僕の周りのシングルマザーはしっかりしていて、子供のためによく働く。実にがんばり屋さんだ。だから余計、ダメな男に苛立つのかもしれない。
子供優先なのは間違いないだろうけれど、はっきり言って、独身よりも使える女性が多いと思うのは僕だけだろうか。
そんなお母さんとの話しのなかで、お互いカミングアウトできれば、「僕もバツイチなので、立場や気持ちはわかります」というようなことを、歩み寄りたいがために言うことがある。自分としては、別に変な気持ちがあるわけでなく、純粋に親近感が湧くからだ。
普通の間柄の女性よりは、少しだけ親密になれるのではないかと思うのだが、これが必ずしもそうでない。
ちょっと語弊のある言い方になるかもしれないが・・・・・・、言われてみれば当たり前かもしれないが・・・・・・、「離婚した男には何かある」と思うようだ。それは彼女たちのトラウマなのかもしれない。
「コイツは、なんで前の奥さんと別れたんだ。ひとりの女性を不幸にして、もしかしたらDV気質があるのか? 浮気癖があるのか? 浪費家なのか?」なんてことを想像するのだろう。
だから話しがかみ合わず、ギクシャクし、どちらかというと冷たい視線を送られる。
これは僕にとって、以外に盲点だった。
3人の子供を持つ、看護師のシングルマザーがいた。
仕事の関係で彼女と接する機会があり、以来何かと打ち合わせをする用事が増えていった。
少しずつ気心が知れるにしたがい、プライベートの話しをする時間も増えた。そこで、3人の子供のシングルマザーであることを知ったのだが、変な詮索をされるのも面倒だったので、僕が離婚していることは伏せておいた。
在宅患者の往診や、会議に出席するための出張など、行動を共にすることが度々あった。移動中は、子供の話をよく聞かされた。「あまり勉強しないから困る」、「将来何の職業に就かせたらいいかわからない」なんていうのが、会話の中心だった。
僕は子育てをしたことがないから、そういう話題についての答えを持ち合わせていなかったけれど、「本人次第だから、よく話し合った方がいいんじゃない」というような当たり障りのない返答をしていた。
「黙ってお母さんの背中を見せるのが一番いいかもね。子供っていうのは案外見ているもんだよ」なんていう、どこかで聞いてきたような漠然としたことも言った。他人事と言えば、そう言えなくもない投げやりな意見だった。
そんなこんなで1年ほどが経過した。相変わらず仕事上の付き合いは続いていた。
ある日、「木痣間先生も離婚していますよね。とっくに知っていましたよ」
突然問い詰められた。
まあ、それはそうだろうな。僕が奥さんの話をしないのは、どう考えてもおかしいし、それでなくともそういう噂は途端に広がるものだ。
「いや、別に隠していたわけではないよ。あえて言う必要もないかなと思って」
「はい、ワタシも言われないなら、聞く必要もないと思っていました。でも、そのお陰で、ワタシは気兼ねなく自分の家庭について相談できました」
ん、どういう意味だろう?
「先生も離婚しているから、一応、離婚している人の気持ちがわかると思って。でも、そちらからも打ち明けられたら、お互い腫れ物を触るみたいな関係になってしまったかもしれない。ワタシも気を遣わなければならなくなるけど、そういうのがなかったから助かりました」、「いつも客観的で中立的な意見を聞かせてもらってきた。こんな相談、他の人にはできませんからね」
なるほど、自分の離婚の過去は、あえて伏せておいてよかったのかな。
「でも、離婚の原因はワタシなの。子育てと仕事が忙しかったので、旦那は放っときっぱなしだったから。旦那の稼ぎだけでは食べていけなかったから仕方なかったわ。それがかえって彼のプライドを傷つけたのかもしれない。最後はパチンコや賭け事にも手を出して、子供の教育を考えると別れるしかなかった」、「だから先生を見ていると、男性側からの離婚感みたいなものがなんとなく理解できて、旦那の気持ちがわかったような気がします」
僕はいいことをしたのか?
よくはわからなかったけれど、当事者には当事者にしかわからない問題がある。部外者がどうのこうの言えるものではない。
数日後、彼女は嬉しそうに駆け寄ってきた。
「どうしたの? 今日はなんか嬉しそうだけれど」
「昨日、娘に進路のことを聞いたら、『お母さんみたいな看護婦さんになりたい』と言われたのよ」
「ほら、子供は親の背中を見てるって言ったでしょ」
子育ての何たるかのまったくわからない僕が当てずっぽうに言った言葉が、その通りになった。もしかしたら父親になれる素質があるのかな。
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