第33話 年上の女性から:年上の女性が誘ってくれるときって・・・・・・

 年上の女性への憧れはありますか?


 正直なことを言うと僕はあまりなかった。中学時代には女子高生に、高校時代は女子大生に憧れるというのは、まあ、なくはなかったと思うのだが、現実として、それほど意識するものではなかった。


 25歳で医者になったとき、大学病院の診療科医局には二人の秘書がいた。ひとりは30代前半、もうひとりはもっと極端に若く、二十歳そこそこだった。30歳の方は、若かりし頃の”ルビー・モレノ”に似ていて、ドレスの似合いそうな落ち着いた雰囲気の人だった。二人とも独身で、真面目で有能な秘書さんだった。

 医局秘書というのは、事務的雑務を処理したり、備品を買い揃えたり、医局の美化に務めたり、言ってみれば、医局員の世話焼き係である。僕はそこで、当時としてはまだ不慣れだったコンピューターの使い方を彼女たちから習っていた。学会で使う資料や、スライドというものの作り方を教えてもらっていたのだ。

 そんなことをしていれば、かなりの時間を共有することになり、昼ご飯を医局で一緒に食べたりすることもあった。


 世間がどう思っているか知らないが、われわれ医者は緊張を解きたい気持ちもあるので、けっこうムダ話をしていることが多い。そのあたりは普通の人間と同じだ。

 昨日のドラマの感想や、芸能関係のゴシップや、どこどこの店がおいしいなどという話題は定番ネタだった。全員が独身だったこともあって、異性についての話もけっこうした。「好みの男性は、中井貴一と中居正広の二人の“ナカイ”かな」なんていうことを言われた記憶がある。


 僕にとって、身近にいるはじめての年上の女性だった。そのさりげない立ち振る舞いや、身のこなしを見るたびに、一瞬ゾクッとするような色気を感じることがあった。大人としての物腰に、ややもすると長時間魅入ってしまうことがあった。


 ある日の昼近く、その秘書さんから、「木痣間先生、今日のお昼は表で食べません?」なんてことを言われた。

 大学の附属病院だから、キャンパスや樹木の植えられた中庭のようなスペースがある。そこに腰掛けてランチを食べれば、少なくとも医局のデスクや病院の食堂で食べるよりはるかに心地いい。ちょうど天気も良さそうだ。

「もちろんいいですよ、じゃあ、僕は売店で弁当買ってきますから持っていって外で食べましょう」と答えた。

「いえ先生、ワタシ、お弁当作ってきましたから、これでよろしければ召し上がりませんか?」


 んっ、なんと!?、そういうおもてなしがあるのか。唐突だったけれど、その分いろいろな想いが僕の脳裏を駆け巡った。

 晴れの日の昼下りに病院の敷地内とはいえ、秘書さんと一緒に彼女のお手製の弁当を食べる。これはちょっとしたデートか? 他の医局員が見たらどう思うだろうか。このランチの目的は何だろうか、少なくとも嫌いな人にこんなことはしないだろうから、好かれているのか? 好かれているとしたら、悪い気はしないけれど、もっと別な意図があるのか? 何か、込み入った相談でもあるのか? いや、絶対好かれているに違いない。


 グルグルそんなことを考えながら、連れ立って歩き、手頃なベンチを見つけてそこに腰掛けた。お弁当はサンドウィッチだった。

 確かに二人分ありそうだから、この日のために、わざわざ作ってきたのか。いや待て、本当は違う人を誘うつもりだったけれど、たまたま僕が暇を持て余していそうだったからか。もしかしたら、もうひとりの若い秘書さんの分か。


「木痣間先生は、天然なところがあるようですけれど、優しいですね。お医者さんって、もっと怖い人が多いのかと思っていましたけれど、先生を見ていると、まったくそんなことないです・・・・・・」のようなことを言われた。

 誉められているのか。少なくともけなされてはいないようだ。

「いやぁ、そんなことないですよ。けっこう気が短くて、変なこだわりもありますよ」

「お医者さんですから、多少はそういう譲れないモノがあっても当然です。でもそれが、他人の目に悪く見えてこないのが素晴らしいと思います。きっとご両親が、上手に先生をお育てになられたのでしょうね」

 いままでの人生で、親のことを誉められたことはなかった。こういうのはけっこう嬉しい。気遣いの誉め言葉に対して、これまで以上の素敵な大人の女性を感じた。


「ところで、今日はどうして僕を誘ってくれたのですか?」

 秘書さんからの告白、とまではいかないけれど、多少いい感じの気持ちを聞かされることを、ちょっとだけ期待している自分がいた。当然、そう思ってもいいシュチュエーションとみていいだろう。


「いやね先生、ちょっと言いにくいのですけれど、この写真を見ていただきたいのです。ワタシのいとこなんです。父の兄の娘で、いま27歳なの。一度お会いしていただくことは可能かしら・・・・・・。ワタシは来年結婚することが決まったのですけれど、この娘のことがちょっと心配でね」


 途中から話しが耳に入ってこなくなった。僕は、やっとの思いで、ちょっとだけ目を細めてその写真に目をやった。写真の娘は、可愛らしい仕草をしていた。

 確かに僕を認めてくれた部分はあるのかもしれない・・・・・・、秘書さんとも親戚関係になれる可能性があるのかもしれない・・・・・・、だけど、僕の目の前にいるルビー・モレノと比べれば、こう言っては大変失礼になるが、写真の彼女は途端にセピア色に変色していくようだった。

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