第28話 執筆活動から:最近の文体は“燃え殻”さんの真似
村上春樹さんに田口ランディさん、内田樹さんに池田晶子さん。作家だったり思想家だったり哲学者だったり、専門はそれぞれだが、これまで、僕がエッセイを書くうえで影響を受けた文筆家たちである。いやちょっと生意気すぎました。すなわち文体の参考にさせていただいた人たちだ。
村上さんは語り口調を、田口さんは被災地の伝え方を、内田さんは論の展開法を、池田さんはシニカルな物言いを、それぞれ学ばせていただいた。集中的に誰かの文章を模す作業は、文章を生業としたいものから言わせれば、大変重要な試みだ。
かつての僕のエッセイには、これらの人たちの文体の影響が色濃く反映されていたと思う。それはそれで大変勉強になった。
最近のここでのスタイルは――読者のなかには薄々気付いている人も、もしかしたらいるかもしれないけれど――、“燃え殻”さんだ。
僕がはじめて燃え殻さんの本に触れたのは、『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)だった。たまたま書店で見つけ、タイトルと装丁とに惹かれて、ほぼジャケ買いした。帯に、糸井重里さんや吉岡里帆さん、堀江貴文さんたちの名前が連なり、本を絶賛していたことも買った理由のひとつだ。
書籍との出会いも、立派な一期一会になる。
燃え殻さんを知らない人のために少し解説すると、彼はテレビ美術制作会社に勤めながら、休み時間にはじめたTwitter記事の配信で、一躍人気に火が着いた。ありふれた風景の中の抒情的なつぶやきによって、多くのフォロワー数を獲得、「140文字の文学者」とも呼ばれているそうだ。
本の内容は、43歳の男における、過去の恋愛と仕事とについての記憶物語だ。
「大人へと成長したいまになって、夢もない、金もない、手に職もない、二度と戻りたくなかったはずのあの頃が、なぜか最強に輝いて見える。ただ、自分よりも好きになってしまった人がいただけなのに・・・・・・」という解説とともに、“異色のラブストーリーに、各界でオトナ泣き続出”というキャッチコピーが打たれていた、が、しかし・・・・・・、申し訳ないが、僕にとってはさして面白いものではなかった。
ポエム感が強いために、時系列がわからなくなることが多々あり、小説として捉えてしまうと、なんだか読みにくかった。
でも、その独特な表現法に、切なさと、うら悲しさだけは伝わった。なぜか心の奥底に引っかかるような小説だった。
そして、二作目の著書が発刊された。
『すべて忘れてしまうから』(扶桑社)というタイトルの、今度はエッセイだった。『SPA!』に連載中のものをまとめた本だ。
僕のいまのモヤモヤを吹き飛ばすような良書だった。1500文字程度で一話ずつ読み切りだから、小説のような読みにくさはない。何よりもいまの自分の心的状況に近く、ノスタルジックな想いに浸ることができた。味があるというより色気のある文章だった。
そういうつもりで、前著『ボクたちは大人に・・・・・・』を再読すると、現代の風俗に通底する志向に、あの時代を共有した者としての共感がハンパなく伝わってきた。
特に以下の文章によって、つらくとも、逃げたくとも、ここにこうして生きていていいというメッセージが痛烈に迫ってきて、僕は打ち震える想いがした。
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みんな「ここにワタシはいる」と瞬いているのが見える。どんなにコミュニケーションが変わってもボクたちは「孤独」が怖いままなんだ。一等星から六等星まで、その光の強さ、大きさはそれぞれ違うけれど、もっと速く、もっと深く、本当はみんなひとりぼっちが怖くて、どこかに繋がりたいと叫んでいるように感じた。
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お気付きのとおり、僕のこの連載タイトル『形だけ大人になった僕たち』は、彼の著書のパクりだ。“一期一会”をテーマに追憶を綴るという内容においても、同じコンセプトだ。
大変僭越なことではあるが、僕は、燃え殻さんと境遇が似ていると勝手に思っている。世代、孤独、独身、仕事を持ちながらの執筆活動、センチメンタル気質などなど。
ただ、自分は医者なので、そういう意味では患者という立場の人たちとの関わりが多い。こういってはなんだが、社会的弱者と言われるような人たちの境遇がわかる(つもりでいる)。
けっして、世の中の不条理、不備に対する“処方箋”を書きたいと思っているわけではないけれど、でも何かの提言を交えていきたいと考えている。思い出話に終始しているだけでは、世の中は何も変わらない。
これからも燃え殻さんの文体を学ばせていただきながら、僕も僕なりの想いを積み上げつつ、執筆を重ねていきたい。
生意気なようだけれど、いつかお会いできる日を夢に見ながら。
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