第27話 いわゆる”ナイトクラブ”から:当たり前だけれど普通の女の子だった
男なら一度は行ったことがあるだろう。なくとも興味はあるはずだ。
僕は、若い頃に5~6回行ったことがある。圧倒的に少ないと言っていいと思うが、どう感じるかは人それぞれだ。理由は、行きたくないからではなく、途中からあまり行く気がしなくなったからである。
それは、医者になって3年目、20代の頃に行ったキャバクラ経験が尾を引いている。
そこは、池袋にある。ホステス全員が下着姿で接客する店、いわゆる“ランジェリーパブ”だった。同期の医者友達に連れて行ってもらったのが最初だ。
もうすでに細かいシステムは忘れてしまったが、お酒を飲んでしゃべるだけの場所だったと思う――少しくらい触らせてもらったかな。
ただ、行けば行ったで楽しいことは楽しい。また行きたくなるのも事実だ。相手からみれば営業の対象だろうし、僕のようなおとなしい人間はいいカモだ。
そんなこんなで、3回くらい通った。別に指名なんてしなかったと思うのだけれど、いつも同じ娘が来て、ほとんどその娘と話をしていた。
馴染んできた頃合いで、どちらからともなく、「休日、外で会おう」という話しになった。そういうのは“店外デート”といって、もちろん営業の一部なのだろうけれど、いずれにせよ2対2で遊ぼうという約束をした。
僕は、最初に連れて行ってもらった友人とは別の、もう少し遊び慣れた、やはり同期の医者友達一人を誘って、その“店外デート”というか合コンというか、待ち合わせ場所に向かった。
そこは、普通に待ち合わせとして使う新宿駅前だった。
彼女は、チェック柄のミニのブリーツスカートで、店の雰囲気とはまったく違った一面を覗かせるスタイルだった。トップスは・・・・・・忘れてしまった。
“葛西臨海水族館”へ行った。バブルの終わりの時期だったけれど、まだまだイルミネーションが派手で、デートスポットとして不動の地位を築いていた。
そこでの細かい内容も、もうあまり記憶にない。
夕方新宿に戻り、歌舞伎町あたりのボーリング場やらゲームセンターやらの店舗の入った遊戯施設で遊んだ。
ボーリングでは靴の履き替えを強制されるが、たいていはペッタンコの白っぽいマジックテープ式である。どうしたって洋服とは合わない。そんなものに替えると、女性はぐっと幼く、そして可愛らしく見える。店での大人びた言動とはまるで違う女性に思えた。
お腹が空いたので、そのへんの居酒屋に入った。一杯飲んだにもかかわらず、まだ遊び足りないからと、たまたま空いていたバッティングセンターに行った。
20代の遊びなんてそんなものだ。彼女たちもまったく意に介すことなく付き合ってくれた。
話しの内容から、歳は同じくらいという気がした。当たり前のことかもしれないけれど、普通の女の子だった。
そろそろお開きという段階で、「今日はありがとう」のお礼とともに、「ワタシ、実は、IgA腎症という病気なんだ、お医者さんならわかるよね」と告げられた。
“IgA腎症”、もちろんわかる。腎臓の糸球体に免疫グロブリンのIgAという蛋白が沈着する病気で、多くは慢性の経過をたどる。職場検尿の際に蛋白尿やら血尿やらで偶然発見されることが多く、初期は無症状だが、進行すると腎機能が低下し、高血圧や腎不全に伴う症状が出る。
人によって程度はピンキリだが、彼女は少しずつ進んでいるようだと言った。
「だからワタシ、こんな仕事しているけど、お酒もたばこもほとんどやらないでしょ」
確かに・・・・・・。
「僕もほとんど飲めないし、話しばっかりしてたから、あまり気にならなかった」
稼ぎがいいという理由もあるかもしれないけれど、好きだからやっている。いまを自由に生きるために、この疑似恋愛という場を楽しんでいる。
そんな感じがした。
「カラダが冷えてもいけないし、薄着でのいまの仕事、そう長くは続けられないと思うな。だからお客さんは大切にしないとね!」
なるほど、そういうことだったのか。僕みたいな人間をデートに誘ってくれた理由がなんとなくわかった。
「でもこういう店外デートって、けっこう面倒くさいんじゃないの? しつこくされたりすることもあるだろうし」
「それは相手によるよ。木痣間サン、いい人そうだったから」
嬉しいのか、そうでないのか・・・・・・。きっと、「こいつは安パイで、いいカモだ」と思われているのだろう。
けれど、もしかしたら、「医者だから、何かあっても安心」という気持ちが働いたうえでの誘いだったら、それはそれで僕のスキルが活かされたことになる。
「今度逢うときは、病院のベッドということにならないといいけど。でもそうなったらよろしくね」
そう言って別れた。
それから2回ほど、その店に行ったが、彼女には会えなかった。
僕は、こういう夜の店に行くと彼女を思い出す。それはあまり気分のいいものではなくなってしまった。
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