第132話 キーマカレーが特別なソウルフードになった日
作ってもらう立場でこんなことを言うのはなんだけれど、料理って、具材の質やメニューの好みも大切だけれど、誰が、何の目的で作るかというほうが何倍も何倍も重要のような気がする。
独りで適当にインスタントラーメンをかっ込む味気なさといったら、寂しいことこの上ないが、同じインスタント食品だったとしても仲間と山頂で食べれば、それはちょっとした高級料理にも引けを取らない――富士山頂のカップラーメンは800円だし、お湯の沸点も90℃に満たないが、最高の味だった。
人間の味覚なんてそんなものだ。
日本人の、特に男におけるソウルフードはいったい何だろうか? “ラーメン”、“唐揚げ”、“ハンバーグ”、“とんかつ”、“すき焼き”、まあいろいろ考えられる。
そんななかで、“カレー”はどうだろうか? インド料理だから、日本人にとってはそういうイメージになりにくいと考えられるが、でもなんだかんだで、これらのなかにおいて家庭料理としての要素が高いのは、やはり“カレー”なのではないか。家庭によってその製法には微妙なこだわりがあって、僕も小さいころはよく母親に作ってもらった。
女性から、「木痣間クン、ウチに来たら何食べたい?」と尋ねられれば、もちろんそれは、「作ってもらえるなら何だって構わないけれど、キミの得意な料理でいいよ!」と、まずはそう返答するのが筋だろう。
「そうねぇ、夏だったらサッパリ“そうめん”なんかでもいいのだけれど、ちょっとそれじゃあ簡単すぎるから・・・、カレーでいい?」
相手は、久しぶりに会ったことをきっかけに再び仲良くなった女性だったのだが、彼女のお宅にお邪魔することが決まった時点で、そんなありがたい問いかけを受けた。
先にも述べたように、カレーはもちろん大好きだ。が、しかし、(もう一度断るが)作ってもらう立場でこんなことを言うのはなんだけれど、これも簡単すぎやしないか。市販のルーさえ使えば、僕にだって作れる。
女性が自宅に男友達を招待する場合に、その親密度、あるいは好感度によってもてなす料理の懲り具合が変わるというのは、もちろん理解できる。好きな相手には手間暇かけた、愛情の込められた手料理を準備すると思われるが、カレーの位置づけはどのあたりだろうか?
「もちろん、カレーでいいよ!」
カレー作りは一緒に買い出しに行くところからはじまった。そこで、玉ねぎとにんじんを買い物カゴに入れたまでは想定通りだったが、その後に彼女が目利きした食材は、“合い挽き肉”だった。
んっ、挽き肉・・・・・・、彼女の作ろうとしているのは、“キーマカレー”だった。
トマトにピーマン、パプリカ、さらに、レンコン、生姜、ニンニク、カットトマトなんかも買っていたような気がする。
「野菜をたくさん入れてあげるね」という言葉で、僕は、先ほどの「もてなされているのか?」という不安は吹き飛んだ。
彼女の部屋は、3階立てアパートの2階だった。はじめてお邪魔するその部屋の内装は白を基調としていて、家具の多くも白に統一されていた。2K程度の広さで、ベッドとソファー、ローテーブルとテレビがあるくらいのシンプルな部屋だった。
早速、カレー作りがはじまった。
「料理はワタシに任せて・・・・・・、でも木痣間クンに頼みたいのは、あそこのテレビ台のボードの立て付けを直してもらえるとあいがたいわ」
「壊れているの?」
「ワタシが作ったのだけれど、扉同士がうまく合わないのよ」
なるほど、見ると左右の扉の高さが微妙にズレていた。ネジの締めが甘いのだろう。しっかりしたボードの製作は、女性の力だけでは不十分だったのだ。僕は車へ戻って工具箱を取ってくることにした。
炊飯器のスイッチを入れた後、彼女は玉ねぎのみじん切りからカレー作りを開始した。当然ながら、涙を浮かべながらの作業となった。
「あらら、目が大変なことになっているけど、大丈夫・・・」
「めったに作るモノじゃないし、ちょっと我慢すれば大丈夫よ」と、笑いながら答えてくれた。
野菜を5mmくらいの大きさで均等になるよう切り分け、水に漬けることでレンコンのアクを抜いた。ニンニク、生姜をオリーブオイルで炒め、香りが出たらクミンシードを入れて弱火にする。玉ねぎ、にんじんに続いて、合い挽き肉を入れ、さらに炒める。香ばしい匂いが立ちこめてきた。
そんなこんなでできたキーマカレーは、あまりこの種のカレーを食べたことのなかった僕にとっては、独特の食感とスパイシーな風味とで「なんかいつも食べるカレーとはぜんぜん違って、とってもおいしい!」という言葉以外は見つからなかった。
彼女は、40代後半のシングル、僕と似たような境遇だった。
真面目で几帳面過ぎる性格が災いしたのか、良縁に恵まれなかった。キーマカレーは、前の恋人に初めて作ってあげて、それがとても評判だったそうだ。だから、何度も作った。普通のカレーよりキーマにこだわり、その都度エリンギやナス、ゴボウ、ズッキーニ、卵など、旬な野菜やあり合わせの具材を使ったレシピを何パターンも持っていた。
「やっぱ料理って、食べてくれる相手がいないと張り合いが出ないわ。ワタシにとってのカレーは、キーマカレーなのよね。前の彼がよく食べてくれたの。忘れたくないから、久しぶりに作る機会を得られてよかったわ・・・・・・。」
日本人の男性にとってのソウルフルな料理、それは間違いなくカレーで、家庭料理の延長線上においても恋人に作ってもらいたい料理は、とりあえずなんといっても“カレー”だ。僕のなかにもう一つのカレーの想い出が加わった。
形だけ大人になった僕たち 木痣間片男(きあざまかたお) @odakamasaaki
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