第62話 暗い高校生活の唯一の思い出から:『高校生クイズ』

 これまで、高校時代の話しをすることは、あまりなかったような気がする。

 理由はいたってシンプルである。思い出がないからだ。

 埼玉の田舎の、自宅から電車で10分、徒歩30分の場所にある県立男子高校に通う、おとなしくて目立たない僕にとって、楽しい思い出などありはしない。


 多くの男子高校生にとって思い当たる節があると思うが、中学時代、少しばかり勉強や運動ができたからといって、高校にいってもそれが通じるということは、まずない。自分程度の人間は、少し地元を離れればゴマンといる。

 高校にいくと、まずそこに気付く。「・・・こんなはずでは・・・・・・」と。

 繰り返すようだが、己ごときは掃いて捨てるほどいるということを自覚する。だいたいここで、多くの男子は1回目の挫折を味わう。


 僕も例外ではなかった。その他大勢のレベルをキープできるくらいならまだいいが、授業に付いていけなくなり、学業成績はドンドン下がる。運動における活躍や、発言における特殊性も目立たなくなる。

 たとえそういう事態に陥ったとしても、「自分はたいしたことなかった」ということを早々に受け入れ、気持ちを切り替え、努力の姿勢を示すことができれば大学受験によって挽回がきく。がしかし、僕のように、現実から逃避し、なるべく見ないようにした人間の末路は悲惨だ。暗黒の浪人生活へと突き進む。


 そんな、良い思い出のない高校生活だったが、唯一、僕の心をわしづかみにしたイベントが『高校生クイズ』だった。

 日本テレビ、開局30年記念特番として、同局の看板番組『アメリカ横断ウルトラクイズ』の弟番組という位置付けで、1983年に第1回目の『ウルトラスペシャル全国高等学校クイズ選手権』が開催されたのだ。3人1組でエントリーし、会場は当時の西武球場だった。何万人規模の高校生が集まったと記憶している。


 なぜそんなに気合いを入れるに至ったのか? それはもちろん、クイズにチャレンジしたかったから・・・・・・、という理由では、けっしてない。“ナンパ”というとちょっと、いや、だいぶ言い過ぎだが(そんな度胸はない)、他校の女子との交流を期待したからだ。

 第1回に参加した僕らは、偶然にも、茨城県から参加した1組の女子グループと知り合った。


 ああいう大会では、なんとなくの連帯感が生まれる。共通の目標があるからクイズの解答を求めて話しかけやすい。僕らのような内気なグループでもなんとかなった(ナリが普通だったので、もしかしたらだけど、多少クイズに答えられる程度に賢く見られたのかもしれない)。


 多少の関係を築くことができれば、あえなく敗戦しても、帰宅途中「せっかく出会ったので、ちょっと食事でも」ということになる。そんな経緯で僕らは、この後、高校生活の3年間にわたって続く、“遠距離グループ交際”がはじまったのだ。

 次回の大会への約束を交わし、船橋駅近くで別れる。そして、当日に再会する。5回までは年に2回開催されていたので、その間隔で会うことができた。多少メンバーが入れ替わったので、最終的には8人くらいのグループ交際へと発展した。知り合った女の子たちは、皆、控え目でおとなしく、ピュアだった。

「あんまり、他の男子とは遊んだりしないよ」という返答が、いつまでも記憶に残っている。


 電話をかけたり、年賀状の交換をしたり、ディズニーランドに行ったりしたこともあった。抜け駆けをして、個人的に会ったヤツが何人かいたので、どういうつもりかを問いただしたこともあった。

 僕自身は、別に何をしたわけではなく、何かを残したというものもなかった。クイズに参加していただけで、結局、そのなかから特定の彼女を作れることもなく、ここでも僕はその他大勢だった。

 せめてちょっとカッコよく言うなら、健全な美しい体験として、いつまでも僕の心の奥底に眠っている。


 成績は低迷を続け、高校生活は惰性のまま終わった。当時の僕は、他人から見れば無気力世代の典型だったのではないかと思う。そして、浪人生活へと移行した。

 それでもひとつ言えることは、恥ずかしい言い回しになってしまうけれど、あれもひとつの青春の形だった。冴えない、どこにでもいるような、アニメと漫画と音楽とを愛する平凡な男子高校生が、年に2回女子友だちと会って遊ぶ、これだけでも高校を過ごしてきた価値があると思っている。

 成績が下がろうが、運動を苦手になろうが、「木痣間くんは背が高いから、もっとカッコ良くなるよ」と言われたたったその一言が、僕の高校生活を支えていた。



浪人生活の様子は、第24話『夢から:医者になるってなんだろう』で述べた。1浪の末になんとか医学部に進み、大学生活をはじめた矢先における彼女たちとのその後のいきさつについては、また時期を改めて続きを述べたいと思う。

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