第25話 漫画・アニメから:「・・・・・・そして 少年は大人になる」はずだった
漫画やアニメというのが、「娯楽を越えて日本を代表するアートの域に達している」というのは、誰もが感じるところだろう。
『SLAM DUNK』、『進撃の巨人』から『ドラゴンボール』、『ONE PIESE』の時点で、完全にシフトが変わり、最近では、『鬼滅の刃』が不動の地位を占めている。
物語の何たるかを説こうという趣旨ではないので、内容の詳細は省くが、要は、好みの作品はあるにせよ、多くの人が漫画やアニメを通して大人になったということである。こういう出会いも“一期一会”に含まれる。
もちろん僕も例外ではなく、子供の頃は夢中になって読んだり観たりした。
月並みなことを言うけれど、インターネットやスマホの存在しない娯楽の乏しかった時代において、楽しみのひとつは、やはり漫画(雑誌)とテレビ(映画)だった。
お小遣いをはたいて漫画を買ったり、映画を観に行ったりしたのが、つい昨日のように思い出される。その記憶は大人になっても消えない。
僕の場合のそれは、いわゆる一連の“松本零士”作品であった。代表的なのは、『宇宙戦艦ヤマト』と『銀河鉄道999』、および『1000年女王』だ。付け加えるなら、それと『ガンダム』および『マクロス』である。
これらにおける共通のテーマは、宇宙での戦いを舞台とする少年の成長と仲間との友情、それと愛と平和である。
古いと言われればそのとおりだし、ベタだと言えばベタだけれど、僕ら世代はそうだったので、これらについて話しを進める。
感じ方は人それぞれだろうけれど、こうした漫画や映画を観て僕が子供の頃に思ったことは、「いつか大人になれば、こういう大人びた世界が待っている」という夢というか幻想というか、もっと言うなら妄想だった。
しかし、実際のところは、(当たり前だけれど)大人になっても宇宙での戦いは起きなかったし、戦闘ロボットのようなものにも乗らなかったし、旅をするようなこともいっさいなかったから、謎の美女にも出会わなかった。そしてもちろん、宇宙とは無縁な生活を送っている。
子供の頃の夢はいつの間にか消え去り、残酷なまでの現実世界へといざなわれていった。僕(ら)は、いつの頃からか夢をみなくなり、この世のリアルの中で、せめてひたむきに生きることを目指すようになった。
小学生の頃は、運動会で1等賞を取ることが現実における最高のポジションだったし、中学では学級委員になること、高校ではいい大学に進学することと彼女を作ることとが現実であり、あえて言うならそれが精一杯の夢だった――僕には叶わなかったけれど。
ようやく二足歩行が可能になった当時のロボットもどきや、蒸気機関車を見たことによって、「こんモノで宇宙に行けるはずがない」と子供心に思った。そして、アニメや漫画のヒロインのような可愛い女性たちが、自分に振り向くわけがないと悟った瞬間に、すべては夢想だということを確信した。
子供の頃に観た作品の感動は、僕の心に大きなトラウマを残した。
現実にはありえないストーリーを展開し、きれいな形で終わっておいて、残された僕らはその後どうすればいいというのだ。原作者の想い、あるいは主人公の活躍に感情移入することがときにあったとしても、だからといって、その人の生き方を模倣するとか、考えを真似て実行するとか、そんなことできるはずがない。
以来、作品を味わったとしても深入りすることをためらうようになった。それは、僕にとって不運だったかもしれない。
物語で示されたとおり、その主人公はうまく人生を切り抜けてきた。しかし、現実を見据えるならば、自分がその人になれるわけではない。憧れだけで終わってしまうくらいなら、はじめから一定程度の距離をおいた方がいいという考えになる。
漫画やアニメは観るけれど、そこからの影響を極力受けないよう、僕は心に鎧をまとうようになった。
ただ、心の中には、いずれこうなるであろうことは、予見できていた。大人になるとは、こういう物語との決別であるということはわかっていた。
なぜなら、エンディングシーンで、謎の美女がこんな言葉を残したからだ。
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「さようなら鉄郎・・・・・・。いつかお別れの時が来ると、私にはわかっていました。私は青春の幻影。若者にしか見えない時の流れの中を旅する女。メーテルという名の・・・・・・、鉄郎の思い出の中に残れば、それでいい。私はそれでいい。さようなら、鉄郎、あなたの青春と一緒に旅をしたこと、私は永久に忘れない。さようなら、私の鉄郎」 (『さよなら銀河鉄道999』エンディングより)
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当時の僕は、この言葉を反芻し、意味を理解することに躍起になっていた。謎の美女は、少年を「大人」にするために、あえて身を引いた。
最後はありきたりなまとめになってしまうけれど、松本零士の描いた世界は、時の流れたいまでも、この歳になった僕にでも、強烈なメッセージをもって語りかけてくる。
命の尊さや儚さはもちろん、友や好きな人のために身を挺する、時間を取り戻すことはできないけれど、永遠に忘れない日々を心に刻むことができる。少年の日は二度と帰らない。
そして何より、いつか別れがやってくるとわかったうえで、いまを生きるということを教えてくれた。
そして、僕は形だけ大人になった。
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