第43話 文学女子への憧れから:“読書好きな人好き”の妄想癖
「文学女子に憧れませんか?」
僕は憧れます。
いまの時代、電車での時間のやり過ごしにスマホは欠かせなくなった。7人掛けの座席で、7人全員がスマホを眺めているという光景も、もはや珍しくなくなった。
もちろん、電子書籍を読み耽っているものもいるであろうし、それはそれでいい。だが、そんななかで、紙の本で読書をしている人は、目を惹く。きちんとした女性だったりすればなおのことである。
スポットライトを浴びたように、その一点だけ、清涼な風に吹かれた神々(こうごう)しいまでの端麗(たんれい)な、そして、少しだけレトロな空間に包まれる。ブックカバーをしていても構わないが、できれば本のタイトルだけでも覗いてみたくなる。たとえそれが、「男に媚びない女の立ち振る舞い」的な、意識高い系の本だったとしても。
ド派手なギャルメイクの姉ちゃんが、バッグから隆慶一郎の『死ぬことと見つけたり』を取り出した時には、うっかり座席からズリ落ちるかと思った。
朝の満員電車のなかで「一流のデキる男になる」的な自己啓発本を真剣に読んでいる中年よりは、フランス書院文庫をカバーなしで呼んでいる人の方が器のでかさを感じる。
帰宅時間、7:3分けのおっちゃんサラリーマンが、「スケボー入門」的な本に見入っていたり、早朝、小学生くらいの制服の子がバッハの名曲『ブランデンブルク協奏曲第5番』の楽譜と向き合っていたり、真っ昼間、見るからにヤクザっぽいイカツイ風貌のオヤジが「子育て本」を小脇に抱えていたり、終電のなか、和服の美女がドラッカーの『マネジメント』を熟読していたり、日中、「漢検」過去問集を解いているおばちゃんがいたり、皆さん格好いいと思う。
というような、“読書好きな人好き(読書を好きな人が好きという意味)”になった僕だが、そのきっかけは高校時代にさかのぼる。
地元の市立図書館でのことだ。
高校三年の受験当時、お尻に火のついた僕は、とりあえず放課後になると友だち何人かと図書館に寄って、(たいして成果は上がらなかったかけれど)1~2時間、勉強をしてから帰るというのを日課としていた。
いつものようにダラダラと勉強していたところ、自習室の僕の隣に、“前下がりボブ”の一人の女の子が座った。近隣の女子高に通う同じ受験生のようだ。
自習室の席取りは、来館のたびに番号札を渡されることで、指定の席を与えられるシステムだった。
彼女は、参考書に混じって文庫本を脇に置いて勉強をはじめたのだ。いまのようにパーテーションで仕切られたデスクではないので、様子が丸見えである。
緊張して勉強どころではなくなった。
以来、時々見かけるようになった、その落ち着いた仕草の子は、勉強の合間にカバーのかかった小説を読んでいた。
月並みな感想ではあるが、その姿が、当時の自分にとっては、強烈に美しかったということである。理知的な佇まい・・・・・・、そのエレガントで大人びた立ち振る舞いに、鼻を垂らしていたような僕が、恋心以上の憧れを抱いたのは、火を見るより明らか、当然の成り行きだった。
友人に探りを入れさせた情報で、彼女の読んでいる小説は、漱石の『虞美人草』だということを知った。すぐさま、漱石に加えてヘッセやリルケの本を、とりあえず手に入れるというのが、僕にできるせめてもの背伸びだった。
その子は後に、法政大学文学部に推薦入学したと風の便りで知った――文学部への推薦希望だったので、受験シーズン中にもかかわらず小説を読んでいたのかもしれない。
そういう文学女子への憧れというのは、振り返ってみると中学時代にもあった。
図書係女子への憧れである。
可愛いと思った肩まで伸ばした“姫カット”の、その子がたまたま図書係だったのか、それとも図書係だったから素敵に見えたのか、それははっきり覚えていないが(おそらく両方)、いずれにせよ、貸し出し台帳に、その子の手によって自分の名前を刻んでもらうのが、ひとつの大きな喜びだった(読もうが読むまいが、シャーロックホームズシリーズを借りていた)。
脈絡なく話しを続けるが、タクシーの列に並んでいたときに経験した最近の事実(?)を伝える。
たまに上京すると、都内の交通網はよくわからない。東京駅から講演会場までタクシーを利用しようとしたのだが、乗り場は長い列だった。
ボーっと待っていても仕方がないので、僕はいつものように文庫本を取り出して読んでいた。意外にも集中してしまい、列が進んでいることに気が付かなかった。後ろにいた“ストレート髪”の女性がしびれをきらしたように、「前、進んでいますよ」と一言、声をかけられた。
「あっ、すみません」と慌てて列を詰めようとしたところ、即座に、「夢中で読むんですね」という言葉。半分あきれたような、それでいて半分嬉しそうな笑顔に対して、「ええまあ、申し訳ありません」と、テレながらのお詫びの繰り返し。
「ちなみに何の本を読んでいらっしゃるのですか?」と、さらなる問いかけを受けたので、「えっと、あの・・・・・・、『星の王子様』で有名なサン=テグジュペリの『夜間飛行』で、です」と答えたところ、「それ、ワタシも読んだことあります・・・・・・」
一拍あって、「お客さん、着きましたよ」と、タクシー運転手の声。目が覚めると講演会場のホテル前だった。どこからが夢だったのだろうか・・・・・・。
きっと、読書って、初対面の人との自然な会話きっかけになる。
読書好きには妄想癖がある。講演中、僕はその先の展開ばかりを想像していた。
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